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 初めて彼女——ハルカという少女に出会ったのは、三年前の夏休みのことだ。

 サラサラサラサラ……

 祖母の家の近くの河辺でのんびりと川を眺めていると、水のせせらぎとは違う、優しい音が僕の耳を捕まえた。最初は草木が揺れている音かと思って、特に気に止めはしなかった。でも。

 サラサラサラサラ

 音がだんだんと近づいてくるのを感じてはっとする。
 違う。これは自然の音じゃない。
 そうと分かって振り向くと、僕の後ろに一人の女の子が立っていた。
 ショートヘアの髪の毛が、風にサアアっと靡いて、彼女の頬に一瞬かかる。前髪をさっと丁寧にといた彼女は、僕に向かって明るく微笑んだ。

「ねえ、どこから来たの?」

 純粋なまなざしで僕を見つめる彼女は、瞳の半分ほどが青みがかっていて、ビー玉みたいに美しい光を宿していた。学校でも女の子と話すことに慣れていない僕は、ドギマギして「えっと……」と口ごもってしまう。

「当ててあげる。きみ、東京から来たんでしょ?」

「え!?」

 僕の反応がおかしかったのか、彼女はケタケタと笑いだした。

「勘だったのに、当たっちゃった?」

「う、うん。どうして東京だって思ったの?」

「だって日本の人口のうち約10%は東京にいるんだよ。確率の問題です」

「……」

 えへん、と胸を反らしながら単純な根拠を口にする彼女が、これまでに出会ったことのないタイプの女の子で、僕は分かりやすく戸惑う。

「きみ、名前は何て言うの?」

「桐島透。中学三年生」

「え、嘘! 一緒、私も中三。でも学校にはほとんど行けてないんだけどね」

「不登校……? きみって引きこもりなの」

「ぷっ、違うよ〜。初対面の女の子を引きこもり呼ばわりはひどいなぁ。あのね、ここ(・・)がちょっと悪くて、入院したり、退院したりを繰り返してるんです」

 彼女が「ここ」と言って指さしたのは、頭だった。

「頭が悪いの?」

「その言い方、誤解を招くからやめて! 私、学校に行ってない割には頭いいんだよ?」

「そうじゃなくて……」

 どうやら彼女には独特のペースがあるらしい。僕は、彼女との会話の流れに乗るのに少し苦労した。

「分かってるって。ふざけてごめん。脳腫瘍っていうやつ、悪性の。だからさー、入院期間長いんだ。今日は外出許可をもらって、この辺を散歩していたというわけです。連れもいたんだけど、はぐれちゃって」

 いたずらをした子猫のように、くるくると瞳を動かしてへへっと鼻の頭を掻いた。その天性の明るさに、僕は本当に彼女が脳腫瘍なんて重い病気を患っているのかと疑ってしまう。

「いま、本当にコイツ病気なのかって疑ったでしょ」

「え、いや、そんなことは」

「顔に出てるって。きみって隠し事できないタイプでしょ?」

「ん、まあ……」

「やっぱりね! 東京から来たってことは帰省か何か?」

「うん。お母さんの実家がこっちなんだ」

「へえ。じゃあしばらくはこの辺にいるの?」

「ああ。三週間くらいかな? 夏休みの間はこっちにいるつもりだけど」

 僕が答えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。今にもぴょんぴょん飛び跳ねそうな勢いで、パチンと手を叩く。

「それならさ、夏休みの間私の話し相手になってくれない? 実は今日外出許可もらったって言ったけどちょっと嘘で、私もしばらく自宅療養させてもらうことになったの」

「そうなんだ。うん、まあいいけど」

 正直、祖母の家の周辺には娯楽施設がなく、また知り合いもいない僕にとっては退屈な日々を過ごす予定だった。話し相手がいるのはこちらもありがたい。

「やったー! ありがとう! 私の名前はハルカ。よろしくね、透くん」

 透き通るような声で、「透くん」と初めて名前で呼ばれた時、むず痒いような心地がして頬を掻いて誤魔化した。
 ハルカと話している間、彼女からはずっとサラサラという心地よい音が聞こえていた。
 その音を聞いていると、自然と心が落ち着いていて、もう少し長く彼女と話してみたいと思った。