「ハルカが亡くなって、悲しくてしばらく塞ぎ込んでたんだけど……一年後の夏に、ハルカが透くんのことを気にかけてたことを思い出して、約束通り河原できみを待ってた。三年待ってようやく現れた透くんに、私はハルカのことを伝えようと思ったんだけど、できなかった。透くん、私のことをハルカだって思ってたから。それにいざ透くんに会ってみたら、本当にハルカが話してた通りの人で、私も透くんと——恋をしてみたいと思ってしまった」

 馬鹿だよね。ハルカに失礼だよね。
 鼻を啜りながらそう訴えるカナタに、僕は静かに首を横に振った。

「……馬鹿じゃないよ。勘違いしたのは僕の方だ。きみが、ハルカと同じ音を響かせていたから」

「私たちは双子だもん……音だってきっと同じ。ハルカから話を聞いてるうちに、知らず知らずのうちに、私もハルカと同じ気持ちを透くんに抱いてしまっていたみたい。会ったことないのに、変だよね」

 自分が嘘をついて僕に近づいたことを恥じている様子の彼女が、両手で顔を覆った。僕は彼女の背中にそっと手を触れる。瞬間、彼女の身体は小さく跳ねた。

「僕は、ハルカやカナタの持っている優しい響きに、救われたんだ」

 胸が締め付けられるような音からふと余計な力が抜けたように、サワサワと草木が風に揺れているような音が聞こえた。

「東京で聞きたくもない音を日々聞かされてるうちに、気づいたら心が疲弊してしまっていて。そんな時に出会ったのが、ハルカのサラサラっていう音だった。同じ音を持つきみにも、もちろん惹かれてた。話しているうちに自分の悩みなんか、どうってことないって思えてきて。東京に戻ったらまたきっと塞ぎ込んでしまうって分かってるのに、それでも僕は、二人に心を救われた」

 移り変わる音は、彼女が僕に対して向けてくれている気持ちだって分かって。
 僕はどうしても、その音の果てを、聞いてみたかった。

「僕はきみと、ハルカの音が好きだよ。いや、こんなこと言うのはおかしいね。たぶん僕は、二人のことが好きなんだ」

 カナタがゆっくりと両手を顔から外す。頬や耳が真っ赤に染まっていて、僕もつられて顔に熱が溜まっていくのを感じた。

「……二人を好きって、何それ。透くんって、一夫多妻主義なの?」

 甘い声で揶揄う彼女が、僕にはやっぱり愛しく感じてしまう。

「でも、そうだね……そういう、ハルカを大事にしてくれるところも含めて、私は透くんが好き」

 泣き笑いを浮かべて胸が詰まるほどの想いを伝えてくれた彼女から、僕の大好きなサラサラという音が聞こえてきた。
 ああ、やっぱり。
 僕はきみの音と、きみのことが好きなんだ。

「ハルカは——お姉ちゃんは……最後の方、ずっと透くんに会いたいって寂しそうに笑ってた。私はそんなお姉ちゃんを見てるのが辛くて、現実から目を背けていたの。でも、やっぱりダメだ。私はお姉ちゃんのことも、透くんのことも諦めきれない。二人が大好きなの」

 好き。
 大好き。
 ハルカが胸に抱く、いちばん大きな感情の膨らみが、僕の耳にダイレクトに響く。胸がじんとなって、優しい海の波に包まれているような心地がした。

「ハルカのこと、教えてくれてありがとう。きみと最後に話せてよかった」

「最後なんて言わないで。来年も、再来年も待ってるから」

「その時は一緒にハルカのお墓参りに行ってもいい? 今年は行けなかったからさ」

「うん、もちろん。ちょうどお盆だし、ハルカを一緒に迎えよう」

 カナタが、朗らかな笑顔を浮かべる。目を閉じると、何度でも聞こえてくるサラサラの音が、いつまでも響いてくる。もう怖くない。東京に戻っても、この音を思い出せば僕は前に進める気がした。

「そういえばハルカとカナタのノート、返すよ」

「ううん、透くんが持っていて。また来年持って来てよ。一緒に日記を書こう」

 僕は手元の二つのノートをすっと見つめる。「持っていて」という彼女が、三年前のハルカに重なった。

「ああ、分かった」

 文庫型の二つのノートを、もう一度鞄にしまう。

「それじゃあ、また来年」

「うん。待ってる」

 カナタに手を振って、僕は河川敷を歩き出す。
 サラサラサラサラ
 柔らかく響く彼女の音が小さくなるのを感じながら、明日への一歩を踏み出した。



【終わり】