河原に近づくにつれ、川のせせらぎが、いつもよりくっきりとした輪郭を帯びて、僕の耳に響いている。

「透くん」

 カナタはいつもの高架下で、座って遠くを眺めていた。僕は無言で隣に腰を下ろす。柔らかそうな髪の毛が、さらさらと風に揺れる。

「来てくれたんだ」

 眉を下げて困ったように笑う彼女を見るのが、ちょっぴり辛い。チリリという音は今も彼女から聞こえてきて、僕はどうしても彼女と話がしたいと思った。

「カナタ、昨日はごめん。正直まだきみのこと、ハルカだと思ってる節があるから、なんとなく、“カナタ”とは呼びづらいんだけど……」

「うん、分かってる。こっちこそ、ごめんなさい」

 丁寧に頭を下げるカナタを見て、いたたまれない気持ちはぐっと膨らんでいく。でも、ここで逃げちゃだめだ。彼女から聞こえてくる音は、彼女が僕に向けているたった一つの気持ちだから。

「このノートに書かれてたこと、昨日は本当に驚いて、返す言葉もなくなってたんだ。一晩明けて、冷静になって考えてみた。どうしてハルカは——きみは、僕のことをずっと待っててくれたんだろうって。ハルカはもういないのに、ハルカのフリをしていたんだろうって。気になって、今日、聞けたらいいなって思ってここに来た」

 カナタの瞳がふるりと揺れる。同時に、チリリという音が、ザワザワと動き始めた。
 やがて彼女は小さく息を吸って、「私は」と口を開いた。

「最初は、ハルカに頼まれたから、透くんのことを待ってた。三年前の夏、ハルカの病状が一気に悪くなった時、ハルカは私に言ったの。『私が死んだら、透くんにちゃんとそのことを伝えてほしい。彼は来年か、また再来年か分からないけれど、夏になったら河原にやって来るだろうから』って」

 僕の中で、河原で楽しそうにはしゃいでいたハルカと、病床でぐったりと横たわる彼女がどうしても重ならなくて混乱する。けれど、カナタはそんな僕の気持ちとは裏腹に、続きを話した。

「透くんのことは、あの夏にハルカから聞いてた。ちょうどハルカが自宅療養を許可された日——ハルカが透くんと初めて会った日、本当は私も一緒にハルカと散歩をしてたの。でも、ハルカったらちょっと目を離した隙にいなくなっちゃうんだもん。あとで聞いたら河原でずっと知らない少年と話してたって言うし、もう、本当に破天荒なお姉ちゃんだった」

——今日は外出許可をもらって、この辺を散歩していたというわけです。連れもいたんだけど、はぐれちゃって。

 初めてハルカと出会った夏の日に、あっけらかんとした口調で言い放った彼女の顔が蘇ってくる。はぐれたんじゃなかったのか。実際は自ら一人で行動をしていた。なんともハルカらしい。胸の奥がじわりと軋んだ。

「その日からね、ハルカ、ずっと透くんの話をするんだよ。ちょっぴり頼りなさそうだけど、優しい男の子に出会えて嬉しいって。『カナタも来なよ、紹介するから』って言われたんだけど、私はどうしても行けなかった」

 ザワザワとした音が、今度はキュウウ、と何かが詰まったような音に変わった。

「ハルカが透くんに恋をしてるって知ってたから。私も、ハルカの話を聞いて、透くんに会えばきっと恋をしてしまうだろうって思ったから……。私たちは双子だから、同じ人を好きになっちゃうかもしれない。それに私は、ハルカみたいに明るくない。透くんと会う時は無理にハルカのフリして明るく振る舞ってた。三年前はただの根暗の自分だったから、好きになっても透くんは振り向いてくれないって思って。だから会いに行けなかった」

 隣で変化する音が、ハルカと僕に対する彼女の複雑な想いだと気づいて、僕の方こそ心がざわつき始める。
 三年前の夏、僕はハルカとしか出会わなかった。でも、カナタもいたんだ。ハルカと一緒に、本来なら会っていたのか。