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　サラサラサラ
　懐かしい、愛しい人の音が寝る前も、夢の中でも頭の中で響いていた。すべて僕の妄想だということは分かっている。けれどこの音は僕だけが聞こえる彼女の音だ。彼女が、唯一無二の女の子であることを教えてくれる音。

「私はハルカじゃない。カナタなの」

　夢の中で彼女は、潤んだ瞳を向けて僕に必死に訴えかけていた。
　分かっている。きみはハルカじゃない。ハルカは虫を怖がったりしないし、ずっと脳腫瘍と闘っている。普通にお出かけしたり、体調のことを気にせず長い時間を過ごしたりすることはできないのだ。

「もう一度だけ会えないかな」

　カナタの声が少しだけ震えている。同時に、サラサラの音はザアザアと不安そうにぶれ始める。

「僕は……きみと」

　夢の中の僕は、彼女に何かを伝えようとしていた。
　でも、分からない。自分でも何を言いたいのか、何を伝えたいのか。
　
「きみを待ってる」

　僕が言葉を紡ぐ前に、彼女は淡く微笑んで、泡のように消えていった。僕はそんな彼女をただ茫然と見つめたまま立ち尽くす。
　ここからどこに行くのか。流れていく川と同じように、僕の気持ちまでどこかにいってしまわないように、散りゆく彼女の残骸を必死に目に焼き付けていた。