ジージージージー
ジリリリリリリリ
カンカンカンカン
音は、いつも僕の胸の奥深くまで容赦なく突き刺す。雑踏の中、乱反射した真夏の太陽の光を浴びながら、耳障りな音に耳を塞ぐ。だけど、どんなに両手で耳を覆っても、聞きたくない音は、僕の両手のひらをすり抜けた。
誰かとすれ違うたびに、雑音がぶわりと津波のように押し寄せる。たまに、シャラララと綺麗な音を響かせる人もいるけれど、大抵は雑音だ。綺麗な音を鳴らしている人は、よっぽど心の中が透き通っているのだろう。勝手に想像しただけだが、みんなが急か急かと動き回り、他人の身体にぶつかるのも気にせずに生きている東京では、圧倒的に苛立っている人が多いのは考えなくても分かった。
「透、今年の夏はばあちゃんち行くわよ」
げんなりと青い顔をして学校から帰宅した僕に、母さんがそう告げたのはつい二週間前のことだ。
「今年の夏って、夏休みのこと?」
「それ以外にいつがあるの? 前に行ったのは三年前かしら。あーあ、時間が経つの早すぎ。ぼーっとしてたらもうあんたも大学受験だし。って、聞いてる?」
「う、うん」
母さんは、いわゆるバリキャリというやつで、広告代理店で日々あくせく働いている。父さんはいない。僕が小学生の時に、二人は離婚してしまった。原因はなんとなく察しているけれど、母さんの前で父さんの離婚のことを口にすることはなかった。
そんな母さんだから、夏休みに祖母の家に行くと言われたのは実に三年ぶりだ。
祖母の家は三重県の海辺の町にある。東京からは新幹線と近鉄を乗り継いで行くことになる。他にも移動手段はあるけれど、僕の家——桐島家ではいつも電車乗り継ぎコースだ。
「たまには帰ってこいって、ばあちゃんがうるさいの。それじゃ、日程取るからそのつもりでよろしく」
母さんが実家に帰るというのに、僕に拒否権はない。僕はこの祖母の家に帰るというイベントに、密かに心躍らせていた。久しぶりに祖母に会えるから——もちろん、それもある。だがそれ以上に、僕には会いたい人がいた。
そうだ。三重に行けばまた彼女に会えるんじゃないか——。
自室に戻り、鍵のかかった抽斗を開ける。確か、この奥の方に……あった。
抽斗の中から取り出したのは、緑色の表紙をした一冊の文庫型ノートだ。
このノートの中には、彼女の“記録”が綴られている。
三年前、祖母の実家近くの河川敷で出会った、優しい心の音を持つ彼女の。
僕はもう一度、彼女に会いたかった。