一週間後の件の客二人目は、高齢男性だった。
 服装、顔のしわ、髪の色、姿勢などを細かく観察する。今回の男性は分かりやすくてよかった。ゆったりしたサイズ感の、くすみがかって落ち着いた色味のカジュアルな服装、髪の色は染めていなかったからグレーヘアで年齢を推測しやすかったし、顔にも年齢相当のしわがきちんと刻まれていた。
 それにしても、この男性は年齢の割に目鼻立ちがかなり整っているのが目についた。
 きっと若い頃はさぞかし女性にモテただろうなと想像させる。
「60代後半から70代前半ですかね。目鼻立ちが整ってる方ですね」
 枕崎さんにメッセージを送ると、「渋いイケオジね。年齢については私も大体同じ感想。でも最近は男性だって髪を染めていたり、肌艶がいい人だって結構な確率でいるからね」とやっぱり釘を刺される。それはそうなのだけど、今回には関係ない指摘なのでスルーする。

 彼は、前回の女性と同じ、窓際の二人掛けのテーブル席に座ったが、腰かける椅子は前回の女性と逆だった。
「前回と逆の席に座ってますけど、これはこれまでも同じですか」
 枕崎さんに確認すると、「そうよ」とのことだった。
「このおじいさんだけ、なぜか逆に座るの。理由はもちろん分からないわ」
「なるほどね・・・」
 僕はスマホで枕崎さんとやり取りしていたメッセージアプリからメモアプリに切り替え、その点を強調して記しておいた。
 
 彼もまた、前回の女性と同じようにホットドリンクを飲んでいた。
 枕崎さん曰くブレンドコーヒーらしい。
「ところで枕崎さんって、視力どのくらいですか?」
「裸眼で2.0だけど」
 僕は、でしょうねと思い、「視力いいですね。僕はコンタクトです」と適当にメッセージを返した。

 ちらり、ちらりと、ゆっくり窓の外に視線を移しながら時間を潰す男性を、僕も偶然を装いながら視線を向けて観察する。前回の女性と異なり、今回の男性は午後2時を過ぎたあたりから、窓の外を見ている。そして、その様子は1時間ほどゆるやかに続いた。
 僕はメモアプリをスマホで開いて、前回のときのメモを見返す。やはり、前回の女性と窓の外を見る時間の長さが異なっている。そもそも、窓の外を見る行為に意味があるのだろうか。もしそうであるとして、この時間の長さの違いは何なのだろう。

 今回の男性は、窓の外をゆっくりと1時間ほど見ると、午後3時前に前回の女性と同じように甘いアイスドリンク(ただし、そのメニューは定番のチョコレートを使用したメニューだったが)を購入してやはり自分の反対の席に置き、その後は持参していた新聞をテーブルの上に広げて置き型のルーペを密着させ、左目でのぞき込むように新聞を読み始め、その新聞を読む行為はそのままその男性がカフェを出る直前まで続けられたのだった。

「共通点は今のところ二つ。窓の外を見ることと、午後3時前に甘いアイスドリンクを買って自分の反対の席に置くことだけですね」
 枕崎さんに聞かれる前に僕は話し始めた。
「そうね。私もこんなにじっくりこの件のお客さんを観察したのは初めてだけど、当時と印象が結構違うかも。一つ言えるのは、余計分からなくなってきたってことだけよ」
 彼女が腕を組んで天を仰ぐ。

「同意します。ただ、今回の男性が逆の席に座っている理由は何となく分かりました」
「え、分かったの?」
「大したことではありません。この男性は、彼から見て、右側に窓がある状態で右の方を見ていましたよね?なので、彼は、利き目が前回の女性と違って左目なのだと思います。あくまで推測ですけど」
「そもそも利き目って何?」
 怪訝そうな顔で彼女が聞き返す。
「利き目は、脳が優先的に情報を処理する目のことです。実は脳って、両目で見た情報を同時に処理していないんですよ。ちなみに目が悪くない枕崎さんには実感がないかもしれませんが、視力を矯正するときって、利き目がよく見えるように調整したりすることもあります。彼の場合は視力を矯正しているかは分かりませんが、利き目で見やすい方に無意識に座ったのではないかと」
「へー!一哉君って物知りねぇ」
 枕崎さんが感心したように声を上げてくれたけど、根本的な問題の解決には全くたどり着く気配がしなかった。