「その前に、もうすぐ私の休憩時間が終わってしまうから、バイトが終わるまで待っててもらえないかしら」
 この後に予定はなかったので承諾すると、枕崎さんが時計をちらちら見ながらレジの労働に戻っていった。

 さて。
 僕は時間ができてしまったので、暇つぶしにトートバックに入れてきた薄っぺらい書籍でも読もうかと思い、周囲の人に見られないように慎重に取り出した。もちろん、ブックカバーはしっかりつけてある。
 一般には出回っていないが関係者にとっては知る人ぞ知る本で、親に入手してもらった。
 読むのは気が重いが、自分を知るために必要なので、いやいや読み始める。

「一哉君、終わったよ」
 いつの間にか背後に立っていた枕崎さんに肩をぽんと叩かれ、反射的に本を閉じる。
 気づいたらかなりの時間が経過していて、アイスカフェオレはほとんど水に近い飲み物になっていた。
 最初は気の進まない読書だったが、読み始めるとのめり込むようにページをめくっていたようだ。

「バイトお疲れ様でした」
「こちらこそ待たせちゃった。よかったら飲まない?」
 差し出されたのは、二杯目のアイスカフェラテだった。
「ありがとうございます、払いますよ」
 財布を取り出して代金を払おうとしたら、「大学生の財力なめんな?」と笑って払わせてもらえなかった。

「それで本題なんだけど・・・」
 僕は椅子に座り直し、背筋を伸ばして、隣の椅子に腰かけた枕崎さんの方に身体を向けた。

 どうやらこのカフェに来店するお客さんにまつわる謎のようだった。
 毎週決まった曜日の決まった時間に来るお客さんがいて、同じ席に座るのだけど、その性別年齢がその時々によって全く異なり、老若男女バラバラなのだそうだ。
 あるときはスーツ姿のサラリーマンの男性。
 またあるときは、高齢男性。
 あるときは、高齢女性だったり、もう少し若い女性だったり。

 さらに、いつも二杯ドリンクを注文する。
 二杯目のドリンクはそのときに来る人物によって異なるが、二杯目だけは共通点があって、必ず来店してから1時間後に、甘いアイスドリンクを注文するらしい。

「単に二杯とも飲みたい人が、たまたま同じ席に重なっているだけなんじゃないんですか」
 僕は話を聞いて、素直な感想を口にした。
「違うの。二杯目は全員、自分の席じゃなくて向かいの席に置いて、最後まで自分では飲まないのよ」
「それじゃあ、亡き人への献杯みたいな感じですよね」

 枕崎さんは、多少いらついたように「あなた、本当に謎解きができる人なの?」と言って、僕に対して怪訝そうな視線を投げかけた。
「僕は自分で謎解きができますとは言ってません」
 そう言ったのは兄であって、僕ではない。