「……俺、昔から自信がなくて。人と話すのとか、ノリに合わせるのが苦手で。クラスメイトは、せっかく仲良くなろうとしてくれても、俺は自分から距離を取っていた。……もし嫌われたらと思うと怖くて、傷付く前に自分から離れた方が楽だったから。そんな自分が嫌いで、苦しかった時に出会ったのが本だった。本の世界では、俺は何にでもなれる。友達が居て、バカみたいな話して、悩みとかも聞いてくれたりとか、恋とかして。だけど読み終わった後、現実に戻る時が辛かった。俺には無縁な世界。主人公になんかなれない。俺は所詮、脇役にすぎないのだから」
そんな剥き出しの本音を、初めて溢し始めた。
「そんな時に吉永さんと出会った。溢れそうな涙に、勝手に本を勧めていたんだ。吉永さんも辛いことから、一時だけでも解き離れて欲しくて。だけど、『物語には片側からしか描かれていない』。『シンデレラとかだって、主人公目線でしか語られていない』。『イジワルした義姉にも理由があったかもしれないのに、そんなこと一切触れない。だから、嫌い』。その言葉が深く刺さった。そんなこと考えたことなかった。俺はいつも物事を片側からしか見れていないから。だから書いてみたんだ。ずっと、やってみたいと思いノートを買っておきながら開けることも出来ず、挑戦すらしてみなかった執筆を。……すると気づいた。当たり前だけど脇役にも、その人生があるのだと。だけどそんなことに気づいても、結局は脇役。誰もその物語には、興味なんてないと分かっていた。俺のような、光が当たらない者が書いた物語など……。だからせっかく開けたノートを、静かに閉じた」
どう足掻いても俺は変われないのだと、そう思いながら。
「その一ヶ月後、また吉永さんとこの場所で会った。その時も目から溢れそうなものが光っていて、俺は吉永さんに一瞬でも辛いことを忘れて欲しい一心で、シンデレラの義姉を主人公にした物語を読んでもらった。すると喜んでくれて、もっと読みたいと言ってくれて、本当に嬉しかった。胸の高鳴りを感じたぐらいに。書いていく理由を、もらったような気がした。それから、吉永さんとこの場所で一緒に執筆して、リレー小説して、すごく楽しかった。あなたの物語は、勇気に溢れた主人公ばかり。読んでいると何故か前向きになり、新たな自分に出会えたような気がした。……二年生になって、同じクラスになって。吉永さんを見ると嬉しくて、少しのことに胸が躍って、一緒に居る時間がずっと続けばいいとか思い始めた。そうするうちに、気づいてしまった。あなたに作品を褒めてもらい、もっと書いてと言われたあの時。あの微笑みを見て胸が高鳴ったのは、嬉しかったからだけではなかった……。あの笑顔に、あの瞬間に、俺は……。だから、あなたに対する気持ちに気づいて逃げてしまった。俺のような脇役が、主人公みたいにキラキラと輝くあなたに、そんな感情持ったって……。だから避けてしまった。俺が弱いから……、傷つくのが怖かったから……」
俺の震える手をぎゅっと握ってくれていた吉永さんは、落ち着くまで寄り添ってくれた。
しばらくして俺が顔を上げると、こちらを見つめて一言。
「やっぱり、そう思ってくれていたんだ」
「え! あ、吉永さん気づいてた?」
俺の顔は、尋常じゃないぐらいに熱くなっていくのを感じた。
「安心して。『現実』の吉永 詩織は気づいていないわ。それにね、私たちにとってあなたは脇役ではない。自分の人生を変えてくれた英雄なのよ」
「どうゆうこと……ですか?」
そんな心当たりあるはずもなく、発言の意味が分からなかった。
「その答えは、この時代の彼女から聞いてくれないかしら?」
それは吉永さんと会うということ。
ためらってしまう俺は今だに、弱いままの俺だった。
「あなたは一歩前に進んだじゃない? 泣きそうになっていた女性に声をかけて。彼女の為に、ずっと出来なかった執筆を初めて。そして一人の人生を変えた。……初めての出来た友だちなんでしょう? 吉永 詩織は? ふふ。一歩どころじゃないわね。あなたは、変わったのよ。だから書きなさい。あなたが主人公の物語を」
そう言う彼女は、また頬杖をついてこちらに微笑みかけてくる。
「俺……、何度も書こうとしました。だけど、一文字も書けなくて……。だから、俺はもう……」
「それは自分の弱さを認められていなかったから。主人公の心情が分からないから。誰でも弱さからは目を逸らすだけど認めたじゃない? だからあなたは強いのよ。自信がない自分の物語。シンデレラの義姉を主人公に書いた渡辺くんなら出来るわ。ずっと書きたかったのでしょう?」
「俺の話なんて、つまらないです……」
「少なくても吉永 詩織は読みたいと思うわ。書いてあげて、あの子の為に」
「……はい」
そう返事した俺は、スッと立ち上がる。
「吉永さん。出来たら、読んでもらえませんか?」
「勿論いいわよ。出来たら持ってきてくれる?」
「……あ、でも。いつになるか分からなくて。それまで待たせる訳には……」
「ふふ。私に待ち時間なんかないから、心配しないで。ほら、未来人に気を遣っている時間があったら、早く帰って始めなさい」
トンッと軽く背中を押してくれる、吉永さん。
俺は彼女に見送られ、家に帰って行く。