あの河川敷に行かずに一日が過ぎた。
 俺は彼女を二度、裏切ってしまった。だから、今度こそ終わりだ。
 俺は自身の執筆ノートをパラパラと捲りボールペンを握るが、やはり一文字も書けず机に顔を突っ伏してしまう。
 どこまで自分はヘタレなんだろうと自己嫌悪に苛まれていると、吉永さんのノートが目に入る。
 彼女の物語は皆強く、勇敢で、読んでいるだけで前向きになれる。
 だから俺は身勝手ながら、彼女の物語を拝読させてもらった。
 一ページ、一ページ、心に刻み込むように読んでいくと考えるのは、現在も不甲斐ない俺を待っていてくれるかもしれない彼女のこと。

 未来から来た彼女。一体、何の為に?
 どうやって、この時代に来たのだろうか?
 考えだしても分からない現状に、俺は身動きが取れない。

 彼女はあれから、執筆はどうしたのだろうか?
 気持ちが醒めて辞めたならそれで良いが、もし俺のせいで筆を折っていたら……。
 自惚れているつもりは全くないが、執筆は繊細な作業。少しのことが雑音に感じることが多々ある。

 俺は、白紙が続く自身のノートに一つの不安が過り、マウンテンバイクを走らせて、あの場所に向かっていた。
 今更、どの面下げて彼女に会うのか?
 自問自答を繰り返していたが、その足が止まることはなかった。

 河川敷に着くと、河を眺めていた彼女がこちらを目をやり、笑いかけてくる。
「渡辺くん、来てくれてありがとう」
 変わらずの微笑みからは優しさが溢れ、不快感や苛立ちを感じ取ることはなかった。

「……どうして、俺のこと怒らないのですか?」
 自身への情けなさから謝罪の言葉すら出てこず、ただそんな問いかけをしていた。

「無理なこと言ってる自覚はあるもの。ごめんなさいね」
 ふわっと風が吹き、彼女が揺れる髪をおさえる。
 その美しい表情も仕草も吉永さん、そのもの。
 だけど、何かが違う。何かが。

「とりあえず、座りましょう」
 そう言い、いつもの場所に座ると彼女より先に俺が話し始めていた。

「あなたのことが聞かせてもらえませんか?」
「何かしら?」
「あなたは、何故この時代に来てくれたのですか? 一体どうやって?」

「言えないかな?」
 一瞬、表情が強張ったのを俺は見逃さなかった。

「じゃあ、十年後の吉永さんは今どうしているのか教えてもらえませんか?」
「……あ。そうね。秘密……かな?」
 その返答は、どこまでも歯切れが悪かった。

「じゃあ、これだけ教えてください。あれから、あなたは執筆出来ましたか?」
 その問いに、彼女は唇を噛み締めて黙ってしまった。

 表情から、察せられた。

「……ごめんなさい。俺のせいです。何も言わず、この場所に来なくなった。あの日だって、行かなかった……」
 俺は、頭を抱えて俯いてしまう。
 この美しい瞳を見つめるのすら、許されないような気がして。

「どうして私を避けるようになって、あの日来てくれなかったか話してくれないかしら?」
 どこまでも柔らかく透き通る声に、俺は恐る恐る顔を上げる。
 するとそこには、俺の手を優しく握ってくれる吉永さんが居た。