そんな出会いから三ヶ月が過ぎた、季節が変わる頃。
 一方は書き、一方は読むという関係が変わる出来事が起こる。
 彼女も書いてみたいけど書き方が分からないと、苦笑いを浮かべながら話してきた。
 俺は嬉しくて、「書き方なんてどうでも良いから、まず書いてみよう」と話した。
 すると彼女はまた美しく微笑み、次の日には俺と色違いの青いノートを買って来て、今まで頭の中で描いていたと言っていた物語をノートに綴っていった。
 その内容は俺とは全然違い、積極的な主人公に勇気を貰えるような物語ばかりだった。

 だけどそんな活発な彼女も時折その筆を止め、流れてゆく河を眺めている。
 それは俺も同様で、次の展開に詰まった、ピッタリな台詞が思いつかない、主人公の心情が分からない、物語の締め方が上手くいかないなど、共に頭を抱えていた。

 だがそのヒントは、隣にいる相手だった。
 互いに読み合い、アドバイスをし合い、また執筆をしていく。自分にはないその発想に、俺はますます執筆にハマっていき、様々なサイドストーリーを生み出していった。

 また季節は巡り、高校一年の冬の始まり。
 さすがにこんな寒空の下に居ないだろと立ち寄ったら、彼女は一人いつもの場所に座って執筆をしていた。
 コートを着てマフラーを巻いても寒そうで、鼻は赤くて白い吐息がふわふわと浮かび消える。
 初雪が降ると予想された、十二月上旬だった。

『また展開が思いつかないの。うーん、困った』
 そうおどけて見せる吉永さんが、こんな寒い場所に居るのは俺のせい。
 以前メッセージアプリの交換を提案されていたが、俺が難色を示したからだった。
 クラスは違えども同じ高校なのだから話すことは容易に出来るが、俺がそれを拒否している。
 一度、吉永さんが休み時間に来てくれたが、俺は明らかに目を逸らしてしまった。
 人気者の彼女が俺なんかと関わっていたら、何を思われるか? それを考えただけで、身震いしてしまって。
 すると彼女は察した表情をして、そのまま教室を出て行った。

 それから肌寒くなったこともあり、俺はこの場所に来なくなった。
 だけど彼女は、こんな寒い中でも来ていたんだ。

『見せて』
 吉永さんからノートを受け取ろうとすると、その手は氷のように冷たく、いつから居たのかとそんな不安が過ぎる。
 早く家に帰さないと、だが彼女が待っていた気持ちを考えると。
 そう思った俺は、また考えるよりその言葉が出ていた。

『り、リレー小説しない?』
『リレー? 小説?』
 初めて聞いたのだと分かる反応を見せた彼女に、その説明を始めた。

『リレー小説は、リレーみたいに次の人に繋いでいく執筆方法だよ。それによって、自分だけでは思いつかないの展開や、描写が出来るという利点があるんだ。……まあ、欠点は自分の思いと違う展開になることもあるから、戸惑いとかもあるみたいだけどね』
 俺は、捲し立てるように早口で説明していた。
 まただ。俺は自分から何か発するとこうなる。
 相手が引くと分かっているのに。

『それ、いいね! じゃあ、早速よろしく!』
 何のためらいもなく差し出してきたノート。
 欠点が上手く伝わっていなかったのかともう一度話すが、渡辺くんの感性を信じているからと軽く渡してきた。
 俺も行き詰まっていて彼女の発想を欲していたことから、学生カバンからノートを出して渡す。
 こうして俺達の「リレー小説」が始まった。

 今までは既存作品のサイドストーリーを執筆していた俺たちだったが、そろそろオリジナルにも挑戦してみたいと話し合い始まった本格的な小説執筆。
 するとその自由度は高く、作品の内容は変わってくる。
 彼女の物語は変わらず明るく、読む者に明るさや勇気をもたらせてくれた。

 読み進める中で彼女の悩みどころが分かり、いつものように主人公を動かそうとして、手を止める。
 この展開に導くのは、彼女の物語に出てくる主人公ではない。
 持ち前の明るさでズンズン前に進んでいって、思ったことをハッキリ発言して、友だちを気遣える。
 そんな彼女みたいな人がこの物語の主人公なのに、この場で一旦引いてしまうのはおかしい。友だちに声をかけるだろう。

 そう思い直した俺は、それに合わせて思考をポジティブに変えていく。
 主人公を動かす時に、常に彼女だったらと考えるようになった。

 俺の小説に出てくる主人公は、俺に似た弱気で消極的な性格だったが。彼女が途中から描いてくれた主人公は、悩みながらも勇気を出して一歩前に進んで、葛藤を抱えながらも成長していき。その続きを書いていくと、まるで俺まで自分を変えられたような気持ちになり、日常生活まで積極的になれたような気がした。
 この紺色ノートには俺の薄い字だけでなく、美しくハッキリとした字が加わり、それが新しい風をもたらせてくれた。

 こうして俺を変えてくれた魔法のノートは、互いの引き出しにこっそり入れて交換していた。
 そこも彼女は気を遣い、絶対誰にも見られないように気を張ってくれていた。
 だからこそ、この関係を続けていけたのだと思う。