カシャン。
マウンテンバイクから降りた俺は、今日もトートバッグに一冊のノート入れてやってきた。
しかし待ち人はやはり居らず、安堵と共に押し寄せてくる何とも言い表せない感情を抑えて、一人立ち尽くす。
すると熱い日差しの中で漕いできたからか、俺の汗は止まらず。ふうっと大きな溜息を吐くと聞こえてくる、流れる河のように透き通る声。
「ありがとう、来てくれたの?」
また胸が締め付けられる感覚に、その女性をみると。
「昨日話せなかったこともあるの。だからこっちに来てくれない?」
それを言葉にしたかと思えば俺は突然手を引かれ、架道橋下の日陰に連れて行かれる。
ふわっと揺れる栗色の髪からは吉永さんと同じ香りがして、俺の心臓をギュッと掴んで離さない。
「わっ。顔、真っ赤だけど大丈夫?」
「べ、別に!」
吸い込まれるような美しい瞳に思わず目を逸らすと、差し出してきたのは一冊の青色ノート。
「私が吉永 詩織だと証明になる物を持ってきたの。完成に信じてもらうのは難しいだろうけど、渡辺くんに見て欲しくて。ここに座って、読んでみて」
そう言う女性は、河川に続く階段に座ろうとスカートをそっと伸ばし、しなやかに座る。
その仕草がやはり吉永さんに重なり、俺は隣に座る。
渡されたそれを捲ると、縦書きにズラッと書かれた文章。これは間違いなく、吉永さんの執筆ノート。
この字、この文章を常に見てきたから間違いが、そんなはずはない。
だって、彼女のノートを持っているのは俺だからだ。
そう思いトートバッグから青いノートを取り出し開けると、間違いなく俺は彼女のノートを持っていた。
しかし目の前に存在する二冊目のノート。
俺は何かの間違いだと思い、その二冊をパラパラと巡り見比べるが、それらは瓜二つだった。
……十年前のノートが?
しかし目を通していくと疑念より、懐かしい感情に包まれ、思わず読み入っていた。
行線のないノートの中には縦書きでびっしりと文章が綴られている。
それはページを巡っていくうちに、セリフに使用する「」や、感情を表す──が複数使用されており、内容は小説だと分かる。
ページの半分は美しくハッキリとした文章が続くが、後半に差し掛かるにつれて薄くて読みにくい文字が加わり、彼女と俺との違いが顕著として現れている。
これはいわゆる「リレー小説」と呼ばれるもので、複数人で一つの作品を順番に回していき、一つの物語を完全させるものだ。
まあ二人でやっていたものだから交互に渡し合っていただけだが、一人では思いつかなかった展開を相手が考えてくれることにより、世界が広がるという利点があった。
何度読み返しても彼女の物語や文章は力強く、この一文一文に胸の高鳴りを感じてしまう。
懐かしい内容に読み耽っていると、感じる視線。
ふっと目をやるとその美しい瞳で俺をとらえており、微笑みながら頬杖をついている。
それは、あの日の彼女と同じ表情だった。
「……よ、吉永さん? え。本当に……?」
気付けば、そんな言葉が出ていた。
俺の顔は、日陰にいるはずなのに真夏の太陽に照り付けられたかのように熱く、声は情けないぐらいに震えて、彼女の瞳に惹きつけられていた。
「ええ。信じてくれた? 私はね、どうしてもお願いしたいことがあって、十年後の世界から来たの」
「なん……ですか?」
「会ってくれないかしら? 十年前の私に」
「……え?」
その言葉に、次は背中から冷たいものが走るような錯覚に陥る。
頬は熱く、手先や背中は冷たい。
初めてここまでの感情の変動を知った俺は思わず立ち上がり、後ずさっていた。
「ごめんなさい」
俺は彼女に深々と頭を下げて、その目を見ることも出来ずマウンテンバイクのスタンドを上げ、跨って勢いよく漕ぎ始める。
「渡辺くん、無理言ってごめんなさいね」
そんな声が後ろより聞こえたが、情けない俺は足を止めることなく漕ぎ続ける。
やめて、吉永さんが謝らないでよ。
だってあなたを避けるようになったのは、俺が弱かったせいなんだから。
マウンテンバイクから降りた俺は、今日もトートバッグに一冊のノート入れてやってきた。
しかし待ち人はやはり居らず、安堵と共に押し寄せてくる何とも言い表せない感情を抑えて、一人立ち尽くす。
すると熱い日差しの中で漕いできたからか、俺の汗は止まらず。ふうっと大きな溜息を吐くと聞こえてくる、流れる河のように透き通る声。
「ありがとう、来てくれたの?」
また胸が締め付けられる感覚に、その女性をみると。
「昨日話せなかったこともあるの。だからこっちに来てくれない?」
それを言葉にしたかと思えば俺は突然手を引かれ、架道橋下の日陰に連れて行かれる。
ふわっと揺れる栗色の髪からは吉永さんと同じ香りがして、俺の心臓をギュッと掴んで離さない。
「わっ。顔、真っ赤だけど大丈夫?」
「べ、別に!」
吸い込まれるような美しい瞳に思わず目を逸らすと、差し出してきたのは一冊の青色ノート。
「私が吉永 詩織だと証明になる物を持ってきたの。完成に信じてもらうのは難しいだろうけど、渡辺くんに見て欲しくて。ここに座って、読んでみて」
そう言う女性は、河川に続く階段に座ろうとスカートをそっと伸ばし、しなやかに座る。
その仕草がやはり吉永さんに重なり、俺は隣に座る。
渡されたそれを捲ると、縦書きにズラッと書かれた文章。これは間違いなく、吉永さんの執筆ノート。
この字、この文章を常に見てきたから間違いが、そんなはずはない。
だって、彼女のノートを持っているのは俺だからだ。
そう思いトートバッグから青いノートを取り出し開けると、間違いなく俺は彼女のノートを持っていた。
しかし目の前に存在する二冊目のノート。
俺は何かの間違いだと思い、その二冊をパラパラと巡り見比べるが、それらは瓜二つだった。
……十年前のノートが?
しかし目を通していくと疑念より、懐かしい感情に包まれ、思わず読み入っていた。
行線のないノートの中には縦書きでびっしりと文章が綴られている。
それはページを巡っていくうちに、セリフに使用する「」や、感情を表す──が複数使用されており、内容は小説だと分かる。
ページの半分は美しくハッキリとした文章が続くが、後半に差し掛かるにつれて薄くて読みにくい文字が加わり、彼女と俺との違いが顕著として現れている。
これはいわゆる「リレー小説」と呼ばれるもので、複数人で一つの作品を順番に回していき、一つの物語を完全させるものだ。
まあ二人でやっていたものだから交互に渡し合っていただけだが、一人では思いつかなかった展開を相手が考えてくれることにより、世界が広がるという利点があった。
何度読み返しても彼女の物語や文章は力強く、この一文一文に胸の高鳴りを感じてしまう。
懐かしい内容に読み耽っていると、感じる視線。
ふっと目をやるとその美しい瞳で俺をとらえており、微笑みながら頬杖をついている。
それは、あの日の彼女と同じ表情だった。
「……よ、吉永さん? え。本当に……?」
気付けば、そんな言葉が出ていた。
俺の顔は、日陰にいるはずなのに真夏の太陽に照り付けられたかのように熱く、声は情けないぐらいに震えて、彼女の瞳に惹きつけられていた。
「ええ。信じてくれた? 私はね、どうしてもお願いしたいことがあって、十年後の世界から来たの」
「なん……ですか?」
「会ってくれないかしら? 十年前の私に」
「……え?」
その言葉に、次は背中から冷たいものが走るような錯覚に陥る。
頬は熱く、手先や背中は冷たい。
初めてここまでの感情の変動を知った俺は思わず立ち上がり、後ずさっていた。
「ごめんなさい」
俺は彼女に深々と頭を下げて、その目を見ることも出来ずマウンテンバイクのスタンドを上げ、跨って勢いよく漕ぎ始める。
「渡辺くん、無理言ってごめんなさいね」
そんな声が後ろより聞こえたが、情けない俺は足を止めることなく漕ぎ続ける。
やめて、吉永さんが謝らないでよ。
だってあなたを避けるようになったのは、俺が弱かったせいなんだから。