「やっぱり渡辺くんは私のヒーローだよ。怒らせたことを謝りたかったのと、あの時のお礼が言いたくてあの日呼び出したの。私が執筆を思い切って始めたのは、渡辺くんみたいに『誰かの人生を変えるぐらいの物語を書いてみたかった』なんだ。聞いてくれてありがとう」
 柔らかな笑顔を向けられるけど、本当のヒーローは。

「違う。ヒーローはこの人だよ」
 俺は、吉永さんが創り出した十年後の吉永 詩織さんの話をした。
 信じてもらえなくていい。ただ、彼女の存在とその想いを知って欲しかった。

「……そっか。そっか。……この人は、私の憧れを詰め込んで描いた人なの。まさか、渡辺くんに会いに来てくれるなんて」
 彼女は、こんな無茶苦茶な話を信じてくれた。
 心を込めて創られた物語の登場人物には、魂が宿る。
 それを信じたようだ。

「俺、次はもう一人の吉永 詩織さんの話が書きたいと思っているんだ。素敵な人だったと、吉永さんに読んで欲しくて」
「うん。私は家族のコメディ、渡辺くんは私の憧れ人を書く。二学期も楽しくなりそうだね」

 二人で空を見上げていると風に乗って聞こえてくる、透き通る声。
 しかし吉永さんは口を閉じて、空を見ている。
 だから、この声は。

「吉永さん」
「ん?」
「……俺、吉永さんが好きです」
 彼女の目を見つめて、自分の気持ちを伝えた。

「え? ふぇー! ……あ。」
 あまりのことに動揺したからか、変わった声を出した吉永さんは両手で口を抑えてしまう。
 俺を見つめた吉永さんは手をどけて口を開こうとするけど俯いてしまい、また口元を抑えて目を泳がせる。
 そんな姿に俺の頬も紅潮していき、体全体が脈を打っている感覚を知る。
 だけどそこに後悔はなく、この気持ちを伝えられたのは彼女のおかげだと風の声に耳を傾ける。

 すると彼女は執筆ノートを開き、ボールペンでサラサラと何かを描き始めた。
 それをパタンと閉じて渡してくる仕草は、やはり登場人物の吉永さんとは全然違った。
 恐る恐るそのページを開くと、そこには。
 体全てが熱くなり吉永さんを見ると、頬杖を付き柔らかな微笑みを浮かべて見つめてくるその瞳。
 広大な青空が、白い入道雲が、流れる河川が、そして美しい吉永さんが、まるで小説のラストシーンみたいだった。