少し仮眠を取った俺は、ひたすらにマウンテンバイクを漕ぐ。
 どうしても彼女と話がしたくて、ただひたすら。

「渡辺くん」
 するとそこには、いつもの笑顔。
 それは吉永さん、そのものだ。

「吉永さん。話、良いですか? 聞きたいことがあります」
「その前に、君が書いた小説を読ませてくれるのが先よ」
 俺の言葉を塞ぐ為に、唇に乗せられた美しい指。
 俺の体温が一気に上昇するのを、肌で感じ取った。

「……はい」
 俺は言われるがまま彼女の執筆ノートを取り出して、差し出す。
 いつもの場所に座って彼女はその内容を読み始めて、俺は広がる青い空や、流れる河ではなく、それを読む彼女を眺めていた。

「うん。渡辺くんの気持ちがとても伝わってきたわ。じゃあ、彼女に連絡を取りましょう」
「いや。俺、吉永さんの連絡先知らなくて」
「私が知ってるわよ。だから、スマホ貸して」
「いや。それより先に、大切な話が……」
「だめ」
 そう言った吉永さんは、俺のトートバッグからスマホを取り出して操作し、電話番号を打ち始めた。

「え? あれ? なんで、パスコード知ってるんですか?」
 アタフタしてしまう俺に対し。
「君が一番分かっているでしょう? そうゆうことよ」
 ためらいなく打ち続ける、吉永さん。

「でも、俺が現実の吉永さんに会ったら……」
「私はそうゆう運命なのよ。はい」
 渡されたスマホは通話ボタンが押されていて、その声が聞こえた。

『もしもし』
「あ」
『……もしもし』
 透き通る美しい声は、いささかな不安も感じ取れる。

「ほら、本物の吉永 詩織と話さないと」
 俺の耳元でボソッと呟いたかと思えば、彼女は話を聞かない配慮なのか俺から離れて行った。

「……吉永さん」
『あ、うん』
 俺だと分かった途端、その声はより一層詰まっていった。
 
「こないだは、ごめんなさい」
『こっちこそ。渡辺くんの都合も聞かずに、一方的だったよね?』
 このまま会話が続かず終わってしまった。
 いつも話し上手な吉永さんに甘えていたから、彼女が黙れば会話がなくなる。
 いつもの俺なら間違いなく逃げ出してしまう。
 だけど、今日は。

「……あ、あのさ。あの日行けなかった理由を聞いて欲しくて……。吉永さんが言っていた話を聞きたくて。だから……、また、会ってくれない……かな? 俺はいつでも。い、今も居るし……」
 努めてゆっくり冷静に、早口で捲し立てないように言葉を伝えた。

『え? 今もいるの!』
 その言葉に、しまったと思った。
 また引かれることを言ってしまった。
 ずっと、この場所で待っていたなんて知られたら、それこそ……。

『今から行っていい? 待たせてしまうと思うけど』
 予想外の返答に俺は頷くが、電話だったと思い出し。
「いいよ。前に、いっぱい待たせてしまったから!」
 そう声に出せた。

『ありがとう』
 そんな彼女の声を聞き、電話を終わらせた。

「話、まとまったみたいね」
 変わらずの微笑みで俺に声をかけてくれる吉永さんを、俺は直視出来なかった。