結局その日、私は文也から朝話していたことの真意を聞くことはできなかった。
次の日も、その次の日も文也が城戸先輩と交際をしているという噂は、至る所で聞こえてきて。意識すればするほど、嫌でも耳に入ってしまう。葵と友梨奈は自分たちの恋愛に夢中で、彼女たちと一緒に行動をするのも、なんだか居心地が悪くなってしまっていた。
 こんなんじゃ、高校生活楽しめないよ。
 すべては自分の不甲斐なさが招いた結果だと分かってはいるけれど、どうしても、今のこの状況を受け入れることができない。教室でひとり、本を読む時間が増えた。時折文也が近づいてきて、「何読んでるんだ? また栞里のおすすめ教えてよ」と根気強く話しかけてくれたけれど、私は曖昧に笑って、うまく答えることができなかった。
 どうしよう、私。
 文也と自然に話せない。 
 今まで、どうやって文也と話していたんだっけ……。
 幼稚園時代の私は、小学生の私は、中学生の私は、文也とどんなふうに大好きな本の話をしていたんだろう。
 何もかもが分からない。教室で、誰かが文也と私のことを噂している。そんな幻聴まで聞こえて、ぐわんぐわんと耳鳴りが止まなかった。

「栞里!」

 気がつけば私は、文也の前で気を失っていた。
 意識が戻った時には保健室のベッドに寝かされていて、周りには養護教諭の先生以外、誰もいない。文也がいてくれるかも——なんて少しでも期待した自分がバカだった。

「あら、二宮さん。起きたの」

「先生、私——」

「さっきまで貧血で倒れてたのよ。疲れが溜まってるんじゃない? 気分は大丈夫?」

「貧血……そうなんですか。今は、特になんともありません」

「そう。良かったわ。あなたをここに運んできてくれた渡部くん、さっきまでいたんだけどね。部活があるからって、帰っちゃったわ」

「文也が」

 文也に助けられて、保健室に運ばれたんだ。
 お礼を言わなきゃ、と思い立ち上がろうとするも、頭がくらっとして上手く立てなかった。

「あらあら、まだ本調子じゃないのね。しばらく休んで、良くなってから帰るといいわ」

「……分かりました」

 自分で思っていたより、私は自分を追い詰めてしまっていたようだ。
 先生に言われるがままベッドに寝転ぶ。目を閉じると、自然に脳裏に浮かんでしまう文也と城戸先輩の笑顔を、必死にかき消して。
 気がつけば再び眠りについていた。
 目が覚めたのは窓の外の景色が薄暗くなっている時分だ。
 周りを見回しても、当然文也の姿はない。当たり前だ。文也は今頃バレー部の練習に励んでいる。ぴりりと痛む胸を宥めながら、先生に断りを入れて保健室を後にした。