翌日の日曜日、私は文也の試合に行かなかった。
 部屋に引きこもり、ひたすら目を閉じて眠ろうとしていた。だが、当然真昼間に眠ることはできない。何も考えたくないのに、心は自然と昨日の二人の映像を何度も映し出した。
 ちょうど試合が終わったぐらいの時間、文也から私のスマホに、何通もメッセージが届いていた。
 見たくないと思いつつ、やっぱり気になってメッセージを開いてしまう。

『栞里、今日いなかったよな。何か用事でもできたか?』

『ごめん、しつこく誘ったつもりはないんだけど、本当は嫌だったかな』

『今日さ……初めて試合で良いスパイクが決まったから、栞里に見て欲しかったな、っていうか……』

 最後の一文は彼の素直な気持ちが滲み出ていて、思わず二度見した。

「スパイク決まったんだ……」

 運動音痴だったはずの文也が、技を決められたというだけで、心がざわざわと揺れた。
 文也がバレーで活躍するところ、見たかったな……。
 でもそれ以上に、嫉妬やら悔しさやら情けなさやらで、私はこの場から動けなくなっている。
 文也のメッセージになんて返信をしようか、散々迷った。
 時計の針が一秒ずつ時を刻む音が嫌に響いて聞こえる。
 結局私は、『見に行けなくてごめんね』と一言だけ送信する。
 この気持ちの置き所を、私はまだ、見つけられない。


 いつの間にか深い眠りに落ちていた。
 お母さんに呼ばれて夕飯を食べて、放心状態のままお風呂に入って、気がつけば夜中の一時を回っていた。そのまま気を失うように眠り、朝、目が覚めたらまた雨が降っていた。
 今日は、雨なのか。
 昨日と一昨日は、嫌になるくらい晴天だった。でもまだ、梅雨は明けていない。雨が降る方が自然なんだろう。
 重たい身体を起こして、惰性のように朝ごはんを食べて学校に行く。
 一年二組の教室の扉を開けると、文也が教室の後ろで男子生徒たちに囲まれていた。

「なあ文也、あの噂本当なんだろ?」

「噂って、なんだよ」

「バレー部の城戸先輩と付き合ってんの。俺、姉ちゃんが城戸先輩と仲良くてさ、聞いちゃったんだー」

「うわーまじか。それ確定じゃん! おめでとう、文也」

 男子数人が、真ん中にいる文也の頭をガシガシと撫でているのが目に入ってきた。彼らの声は大きくて、教室中に会話の内容が響き渡る。
 文也と城戸先輩が、恋人同士なんて。
 一昨日、河川敷で見つめ合う二人を目にして、私自身が想像していたことなのに、実際に事実と言われてしまえば、全力で否定したかった。
 男子に囲まれている文也の顔が、隙間からちらりと見えた。
 どこか気まずそうに、恥ずかしそうに、伏目がちになっている。
 やがて彼の方も、自分を囲んでいる人間たちの隙間から、私の姿を発見したようで、「あっ」と声を上げた。
 離れたところで文也と目が合う。私は文也をずっと見ていられなくて、咄嗟に視線を逸らした。
 やがて、文也のことを散々揶揄っていた男子たちは話題に飽きたのか、自分たちの席へと戻っていった。ホッとした様子の文也が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。教室の中で逃げ場のない私は、文也がこちらにやってくるのが見えても、その場から動けなかった。

「栞里、あのさ。一時間目の英語なんだけど、土日に宿題をやる時間がなくて……もし良かったら、ノート見せてくれない?」

「う、うん」

 ここで断るのも変だと思い、素直に英語のノートを彼に見せた。
 安堵の表情を浮かべた文也が、自分のノートに私の宿題を書き写す。
 土日に宿題をする時間がなかったって言ってたけど……土曜日は、城戸先輩と河原にいたよね——なんて、口が裂けても聞けない。二人のことを陰からこっそり見ていた自分が、テストの答えをカンニングしている悪人みたいだと感じていたから。
 さっき男子たちが楽しそうに話していたことは、決して話題にしない。私も、自分から文也に城戸先輩のことを聞く気にはなれなかった。聞かなくたって、二人が交際を始めたのは事実だ。わざわざ自分で傷をつくるようなことはしたくない。
 文也がノートを写している間にそんなことを考えている時点で、自分が醜く、心が黒く塗りつぶされていくようだった。

「ありがとう。助かった! ……って、どうかした?」

 考え事をしすぎて、ぼうっとしていた。彼に声をかけられてようやく我に返る。

「なんでもない……! それより、昨日は試合見に行けなくて本当にごめんね」

「いいんだ。そりゃ、残念だったけどさ。俺、栞里に見せるためにバレー始めたとこ、あるからさ」

「え? それってどういう——」

 恥ずかしそうに頬を掻きながら意味深な言葉を口にした文也だったが、その真意を聞く前に、頭上からチャイムが降り注いだ。

「あ、もう授業始まるな。また後で」

「うん」

 逃げるように自分の席に去っていく文也。文也の発した言葉の意味が気になったけれど、その後彼に自分から話しかける勇気はなかった。
 だって、昼休みに一年二組の教室の前に、城戸先輩が現れるのを見てしまったから。二人でお弁当を一緒に食べるのだろう。
 彼女は文也を呼んで、文也は教室から颯爽と出て行った。
 その様子を見ていた男子たちの冷やかしが、痛いくらいに耳に響いた。
 葵と友梨奈も、男子と同じように今のこの状況を楽しんでいる。
 私だけが教室でひとり、文也と城戸先輩のことで悶々とさせられているみたいだった。