その日の放課後、葵たちと駅前のハンバーガーショップに寄った。
帰宅部三人衆の私たちは、こうして放課後に近くの飲食店でのんびり過ごすことが多い。部活に一生懸命だった中学時代の私とは、とてもかけ離れた生活だ。
「でさ、今日は山内と昨日のドラマの話で盛り上がって嬉しくて——って、栞里、聞いてる?」
フライドポテトをつまみながら饒舌に自分の色恋話をしていた友梨奈が、私に呼びかけた。窓の外を歩く人の流れをぼんやりと眺めていた私ははたと彼女に視線を合わせる。いけない。友梨奈の話、聞いてなかった。
「ごめん、ちょっと考え事してて」
「もーやっぱり! 栞里ってば、今日ずっと変だよ? 授業中も上の空って感じだったよね。どうしたの」
「別に、なんでもないよ。少し体調が悪いみたい」
小さな嘘をついて、ざわりとした罪悪感が芽生えた。
「え、大丈夫? 病院行く?」
「いや、そこまでじゃないから大丈夫! 心配かけてごめんね」
私は両手をブンブン振って、二人に心配をかけすぎないように振る舞った。二人ともあまり納得していない様子で、「そっか」と一応頷いてはくれた。
「そういえば栞里は、好きな人いないの?」
正面に座る葵が、ぐいっと身体を乗り出してきた。葵と友梨奈は恋バナが大好きだ。友達の話を聞くのも、自分が話をするのも好きらしい。二人とも、クラスの男子が気になっていて、私は時々二人の話についていけなくなる。
まだ高校生になって二ヶ月しか経っていないのに、出会ったばかりの人を好きになる二人の気持ちが、正直分からなかった。
「好きな人……は、いないかな」
「え、そうなの?」
「意外。てっきり渡部のことが好きなんだと思ってた!」
友梨奈の言葉に、私の肩が跳ねた。
自分の気持ちをこうも容易く言い当てられてしまい、どう振る舞うべきか分からずにあたふたしてしまう。そんな私の仕草を見て、葵は「ほほう」と意味深に頷いた。
「本当は好きなんでしょ。渡部のこと」
核心をついてくる彼女の言葉に、今度は心臓まで飛び跳ねる。
「いや、いやいや、なんでそうなるの? 私たち、幼馴染だよ。もし好きならとっくに付き合ってるって!」
「へえ〜。でもさ、幼馴染って近くにいすぎて、逆にお互いの気持ちに気づかないなんてこともあるんじゃない? 私には異性の幼馴染がいないから、本当のとこは分かんないけど」
葵の分析は直球ストレートで私の心を抉る。
近くにいすぎて気づかない、か。
それはない。だって私は、文也と一緒の高校に通うために身の丈に合わない受験に挑戦した。城戸先輩と文也がそういう仲になるかもしれないって知って、こんなにも動揺してしまっている。
私はずっと文也のこと、ただの友達だなんて、思ってない。
夏休みに河川敷で一緒に本を読んだあの日から——。
「……違うよ。私たちは、友達だもん」
精一杯の強がりが口から漏れた時、私のスマホが何かの通知を受け取って震えた。
スマホの画面を見ると、文也からメッセージが来ていた。どうしてこんなタイミングで。
今、彼からのメッセージを見るつもりはなかったのだけれど、ポップアップされた文面がいやでも目に入ってしまう。
『新人戦、今週末の日曜午後一時から。場所は南総合体育館です。都合よければ来てくれたら、嬉しい』
文也らしい、あっさりとした事務的なメッセージの中に含まれる「来てくれたら嬉しい」という言葉が、私の胸を焦がした。
来てくれたら嬉しいなんて、勘違いするでしょ。
幼馴染だからって、なんでも素直に発言しないでよ。
誰よりも素直になれない私は、文也から来たメッセージにほんの少しでもときめいてしまったことに、罪悪感すら覚えた。
この試合、城戸先輩も見に来るのかな……。
新人戦ってことは一年生が試合をするんだろうけれど、きっと女子バレー部の先輩たちも応援に行くんだろうな。
文也は城戸先輩に格好良い姿を見せるために、今日だって昼休みに練習を頑張ってたんだ。
どうしても、そんなふうに考えてしまって、うまく返事ができそうにない。
「栞里大丈夫? 顔が青いよ」
「ごめん、私、やっぱり帰るね」
カタン、とお店の席を立ち、トレーを持ち上げる。二人は「無理しないで」「また明日ね」と優しい言葉をかけてくれた。そんな二人に、自分の醜い悩みがバレてしまうのが怖くて、早足で返却代へと向かった。
お店を出ると、もう一度文也からのメッセージを見つめる。
「来てくれたら嬉しい」——そこに、他意はないように思う。それなのに、どうして私はこんなにも穿った見方をしてしまうの。
自分で自分の感情が分からなくて、ぐちゃぐちゃな気持ちに整理がつけられないまま、電車に飛び乗って家へと帰った。