乾き切った涙の後を袖で拭いた私は鞄から本を取り出した。昨日読みかけだった恋愛小説。本を開く前、テストをサボって母に悲しい顔をさせてしまうことが、一瞬頭をよぎった。でも、止まらない。イルカの栞をそっと抜いて、続きを読み始めた。
大丈夫。本の世界に浸っていれば、つらい現実を忘れられるから。
大丈夫。主人公の女の子はきっと、大好きな彼と結ばれるから。
大丈夫。大丈夫だよ。
「大丈夫じゃ、ないよ……」
本の上にポツポツと水滴が落ちる。橋から水が漏れているのかと思ったら、自分の涙だと分かった。拭い切ったはずの涙が、まだ自分の中に残ってたんだと驚く。
「文也が好きだよっ……文也が、好きなの」
雨の日の河原で、思いの丈を呟く。私のか細い声なんて、雨の音にかき消されて誰にも聞こえていない。世界には自分以外、誰もいないみたいだった。
鼻を啜りながら開いた本のページを読み進めると、主人公の女の子が私と同じように泣いていた。
大好きな彼に思い切って告白して、振られてしまったのだ。
あまりにも自分に似た境遇が描かれていて、心臓が痺れるようにひりついた。
このまま、先のページを読み進められそうにない。
恋を失ってしまった私は、彼女の気持ちに寄り添える余裕なんてないもの。
「これが失恋かあ……」
今まで、本や漫画の世界でしか知り得なかった苦い気持ちが、思っていたよりもずっとつらく、胸が締め上げられそうなほど苦しいものだと知った。目の前を流れる川に全身を預けてしまいたい衝動に駆られる。さすがにそこまではできないけれど、本を閉じた私は、地面に寝そべって、すっと目を閉じる。
雨の音と、川を流れる水の音が次第に激しくなっていく。でもそのうち、世界中から音が消えたみたいに何も聞こえなくなった。やがて私は深い眠りに落ちていた。
「ん……」
目が覚めた瞬間、自分がどこにいるのか瞬時には理解できなかった。
上体を起こし、周りをキョロキョロと見回す。固いところで寝ていたので、背中がひりつくように痛い。そうだ、私。学校に行ったら文也と城戸先輩が話しているのが見えて、皆瀬川に来たんだっけ……。テストまでサボって、何してるんだろう。いつの間にか雨が上がっていて、太陽は傾き始めている。テストは午前中までだから、とっくに学校は終わっているはずだ。
「帰らなきゃ」
重たい腰を上げて、その場から立ちあがろうとして、手にした本を落っことした。
「あっ」
ぱさりと地面に落ちたそれは、ちょうど私が栞を挟んだページで開いて裏返しになる。栞のページが変わらないように慎重に拾い上げようとした時だ。
横からすっと筋の浮いた手が伸びてきて、私は動きを止める。その手が私の落とした本を丁寧に掴んだ。
「……めちゃくちゃ、探したんだけど」
愛しい人の声が、どこか不機嫌そうで私は数歩たじろいだ。でも、彼は私の手にしっかりと本を握らせる。栞のページは変わらないまま、ぴったりと閉じられた本を一瞥して、泣きそうになった。
「この本、どこにも売ってなくて、たくさん本屋回って探したんだ」
「え?」
彼は——文也は、鞄の中から一冊の本を取り出して、それも私に差し出す。書店のブックカバーがかかっていてタイトルは見えない。彼が「探した」というのが自分のことだと思っていた私は恥ずかしくなって耳まで熱くなった。
「……なんていう本?」
「カバー外してみて」
私は文也に言われるがまま、新しい本を受け取りブックカバーを丁寧に外す。現れたのは、『河童の恋煩い』という小説で、どこからどう見ても児童書だった。その可愛らしいタイトルに、私は思わずぷっと吹き出す。表紙には色鉛筆で描かれた河童が頬を真っ赤に染めたイラストが描かれていて、そのシュールさも新鮮だった。
大丈夫。本の世界に浸っていれば、つらい現実を忘れられるから。
大丈夫。主人公の女の子はきっと、大好きな彼と結ばれるから。
大丈夫。大丈夫だよ。
「大丈夫じゃ、ないよ……」
本の上にポツポツと水滴が落ちる。橋から水が漏れているのかと思ったら、自分の涙だと分かった。拭い切ったはずの涙が、まだ自分の中に残ってたんだと驚く。
「文也が好きだよっ……文也が、好きなの」
雨の日の河原で、思いの丈を呟く。私のか細い声なんて、雨の音にかき消されて誰にも聞こえていない。世界には自分以外、誰もいないみたいだった。
鼻を啜りながら開いた本のページを読み進めると、主人公の女の子が私と同じように泣いていた。
大好きな彼に思い切って告白して、振られてしまったのだ。
あまりにも自分に似た境遇が描かれていて、心臓が痺れるようにひりついた。
このまま、先のページを読み進められそうにない。
恋を失ってしまった私は、彼女の気持ちに寄り添える余裕なんてないもの。
「これが失恋かあ……」
今まで、本や漫画の世界でしか知り得なかった苦い気持ちが、思っていたよりもずっとつらく、胸が締め上げられそうなほど苦しいものだと知った。目の前を流れる川に全身を預けてしまいたい衝動に駆られる。さすがにそこまではできないけれど、本を閉じた私は、地面に寝そべって、すっと目を閉じる。
雨の音と、川を流れる水の音が次第に激しくなっていく。でもそのうち、世界中から音が消えたみたいに何も聞こえなくなった。やがて私は深い眠りに落ちていた。
「ん……」
目が覚めた瞬間、自分がどこにいるのか瞬時には理解できなかった。
上体を起こし、周りをキョロキョロと見回す。固いところで寝ていたので、背中がひりつくように痛い。そうだ、私。学校に行ったら文也と城戸先輩が話しているのが見えて、皆瀬川に来たんだっけ……。テストまでサボって、何してるんだろう。いつの間にか雨が上がっていて、太陽は傾き始めている。テストは午前中までだから、とっくに学校は終わっているはずだ。
「帰らなきゃ」
重たい腰を上げて、その場から立ちあがろうとして、手にした本を落っことした。
「あっ」
ぱさりと地面に落ちたそれは、ちょうど私が栞を挟んだページで開いて裏返しになる。栞のページが変わらないように慎重に拾い上げようとした時だ。
横からすっと筋の浮いた手が伸びてきて、私は動きを止める。その手が私の落とした本を丁寧に掴んだ。
「……めちゃくちゃ、探したんだけど」
愛しい人の声が、どこか不機嫌そうで私は数歩たじろいだ。でも、彼は私の手にしっかりと本を握らせる。栞のページは変わらないまま、ぴったりと閉じられた本を一瞥して、泣きそうになった。
「この本、どこにも売ってなくて、たくさん本屋回って探したんだ」
「え?」
彼は——文也は、鞄の中から一冊の本を取り出して、それも私に差し出す。書店のブックカバーがかかっていてタイトルは見えない。彼が「探した」というのが自分のことだと思っていた私は恥ずかしくなって耳まで熱くなった。
「……なんていう本?」
「カバー外してみて」
私は文也に言われるがまま、新しい本を受け取りブックカバーを丁寧に外す。現れたのは、『河童の恋煩い』という小説で、どこからどう見ても児童書だった。その可愛らしいタイトルに、私は思わずぷっと吹き出す。表紙には色鉛筆で描かれた河童が頬を真っ赤に染めたイラストが描かれていて、そのシュールさも新鮮だった。