学校に行こうという気になったのは、期末テスト前日の夜だった。
さすがにテストの日までサボるわけにはいかないと、自分でもなんとなく行く気にはなっていたのだが、一番のきっかけは文也からメッセージが届いたことだ。
数日前、うちにお見舞いに来てくれた文也を、ひどい対応で追い返してしまった。あれから文也も私と距離を置こうと思ったのか、何も言ってくることはなかったのに。今日になって、突然メッセージが届いた。
『この間はごめん。明日、学校来いよ。テストだし、それに俺、ちゃんと考えたから』
意味深な一文だけが、彼とのトーク画面に浮かび上がっていた。
ちゃんと考えたから。
その言葉が指す意味を、それこそ必死に考えた。
文也は何を考えてくれたんだろう。
私との今後の関係? 距離を置くこと?
どちらも、明るい未来を想像できるものではない。
城戸先輩という恋人がいる文也が、これ以上私と仲良くすれば、学校で変な噂が立ちかねない。そうなれば城戸先輩だって嫌だろう。もし私が、自分の彼氏が他の女の子と仲良くしていると知ったら嫉妬してしまうと思うから。
いろいろ想像して、結局私は文也に『うん』とだけ返事を送った。明日、学校には元々行くつもりだった。文也に何を言われるのかは分からないけれど、ちゃんと、話そう。
お見舞いの日のことを謝ろう。
たとえこれから私たちが、今までみたいに仲の良い幼馴染として過ごせなくなるとしても。文也が出した結論に、異論はないから。
私には、待つことしかできないから。
期末テスト初日の朝、ポツポツと弱い雨が降っていた。傘をさして学校へと向かう。心がドキマギして、自分が緊張していることが分かった。
お母さんは、私が学校に行くと知ってほっとした様子だった。それだけで、学校に行く意味があるんだなと実感する。
いつものように学校へ向かい、校門をくぐり、校舎の入り口まで歩いていく。
その時ふと、校庭に植えられたポプラの木の下で、見覚えのある人影が二つ並んでいることに気づいた。
文也と城戸先輩……?
そう。そこに立っているのは紛れもなくあの二人だ。誰も二人の方に気づくことはなく、するすると校舎に引き寄せられるようにして下駄箱へと向かっていく。でも私は、二人のことが気になって、ぴたりと足を止めた。
ちょうどポプラの木の影になっていて、身体は半分ずつしか見えないけれど、やっぱり文也と城戸先輩で間違いない。こんな雨の日に、あんなところで何を話しているんだろう?
いつか、河原で並んで楽しそうに話していた二人のことを思い出して同じ痛みが襲ってくる。ここからじゃ、二人の表情はまったく見えない。でも朝からわざわざ校舎の外に出て話をしてるってことは、相当仲が良いってことで——。
「……っ」
知らず知らずのうちに唇を噛んでいた私は気が付けば踵を返し、校門の方へと引き返していた。
嫌だ。二人が一緒にいるところ、やっぱり見たくない。
昨日、文也から来たメッセージを思い出す。文也は私と何か話したそうな様子だった。私だって、文也と面と向かって話したいことがあった。この間のことを、今日こそ謝ろうと決意して学校に来たのに。
「ほんと、きついって」
ばか。ばか文也。
幼馴染の彼を心の中で貶しながら、ずんずん学校の外へと進んだ。だんだん雨足が強くなり、駅の方へと急ぐ。電車に乗って自宅の最寄り駅まで引き返している最中、ぽろぽろと涙が溢れてきた。
私はどうして、まだこんなところにいるんだろう。
自分があまりにも情けなくて、顔を上げることができない。
目の前に座っている女の人が、大丈夫かと心配するように私の顔を覗き込んでいるような気がしたが、彼女と目を合わせることもできなかった。
やがて最寄駅へと辿り着いた私は、ふらふらとした足取りで、皆瀬川に向かっていた。
雨の日に、制服姿で河原を歩く女子なんて他にいなくて、自分が特異な存在であることを、ひしひしと感じる。それでも歩みは止められない。やってきた河原の橋の下で腰を下ろすと、ザーッといよいよ雨が本降りになる音が響いた。
さすがにテストの日までサボるわけにはいかないと、自分でもなんとなく行く気にはなっていたのだが、一番のきっかけは文也からメッセージが届いたことだ。
数日前、うちにお見舞いに来てくれた文也を、ひどい対応で追い返してしまった。あれから文也も私と距離を置こうと思ったのか、何も言ってくることはなかったのに。今日になって、突然メッセージが届いた。
『この間はごめん。明日、学校来いよ。テストだし、それに俺、ちゃんと考えたから』
意味深な一文だけが、彼とのトーク画面に浮かび上がっていた。
ちゃんと考えたから。
その言葉が指す意味を、それこそ必死に考えた。
文也は何を考えてくれたんだろう。
私との今後の関係? 距離を置くこと?
どちらも、明るい未来を想像できるものではない。
城戸先輩という恋人がいる文也が、これ以上私と仲良くすれば、学校で変な噂が立ちかねない。そうなれば城戸先輩だって嫌だろう。もし私が、自分の彼氏が他の女の子と仲良くしていると知ったら嫉妬してしまうと思うから。
いろいろ想像して、結局私は文也に『うん』とだけ返事を送った。明日、学校には元々行くつもりだった。文也に何を言われるのかは分からないけれど、ちゃんと、話そう。
お見舞いの日のことを謝ろう。
たとえこれから私たちが、今までみたいに仲の良い幼馴染として過ごせなくなるとしても。文也が出した結論に、異論はないから。
私には、待つことしかできないから。
期末テスト初日の朝、ポツポツと弱い雨が降っていた。傘をさして学校へと向かう。心がドキマギして、自分が緊張していることが分かった。
お母さんは、私が学校に行くと知ってほっとした様子だった。それだけで、学校に行く意味があるんだなと実感する。
いつものように学校へ向かい、校門をくぐり、校舎の入り口まで歩いていく。
その時ふと、校庭に植えられたポプラの木の下で、見覚えのある人影が二つ並んでいることに気づいた。
文也と城戸先輩……?
そう。そこに立っているのは紛れもなくあの二人だ。誰も二人の方に気づくことはなく、するすると校舎に引き寄せられるようにして下駄箱へと向かっていく。でも私は、二人のことが気になって、ぴたりと足を止めた。
ちょうどポプラの木の影になっていて、身体は半分ずつしか見えないけれど、やっぱり文也と城戸先輩で間違いない。こんな雨の日に、あんなところで何を話しているんだろう?
いつか、河原で並んで楽しそうに話していた二人のことを思い出して同じ痛みが襲ってくる。ここからじゃ、二人の表情はまったく見えない。でも朝からわざわざ校舎の外に出て話をしてるってことは、相当仲が良いってことで——。
「……っ」
知らず知らずのうちに唇を噛んでいた私は気が付けば踵を返し、校門の方へと引き返していた。
嫌だ。二人が一緒にいるところ、やっぱり見たくない。
昨日、文也から来たメッセージを思い出す。文也は私と何か話したそうな様子だった。私だって、文也と面と向かって話したいことがあった。この間のことを、今日こそ謝ろうと決意して学校に来たのに。
「ほんと、きついって」
ばか。ばか文也。
幼馴染の彼を心の中で貶しながら、ずんずん学校の外へと進んだ。だんだん雨足が強くなり、駅の方へと急ぐ。電車に乗って自宅の最寄り駅まで引き返している最中、ぽろぽろと涙が溢れてきた。
私はどうして、まだこんなところにいるんだろう。
自分があまりにも情けなくて、顔を上げることができない。
目の前に座っている女の人が、大丈夫かと心配するように私の顔を覗き込んでいるような気がしたが、彼女と目を合わせることもできなかった。
やがて最寄駅へと辿り着いた私は、ふらふらとした足取りで、皆瀬川に向かっていた。
雨の日に、制服姿で河原を歩く女子なんて他にいなくて、自分が特異な存在であることを、ひしひしと感じる。それでも歩みは止められない。やってきた河原の橋の下で腰を下ろすと、ザーッといよいよ雨が本降りになる音が響いた。