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 文也をあんなかたちで追い返してしまってから、数日間家に引きこもった。母親にはさすがに体調不良だと嘘をつくこともできず、「学校に行く気が起きない」と正直に話した。

「そっか。うん、まあ、そういうこともあるわよね。テストまでにはなんとか気持ち、立て直せるといいわね」

「うん……頑張る」

 期末テストは一週間後に迫っている。
 部屋でひとりで勉強をしつつ、合間に読みかけだった本を読んだ。
 今の自分の気分に合わせて選んだ本だったから、ヒロインがヒーローに恋している時の心情が、あまりにもリアルに胸に突き刺さる。もし彼女が失恋してしまったら、私はきっと泣くだろう。それくらい感情移入してしまっている。まるで自分が物語のヒロインになったみたいに、作品の世界に自分が浸っている感覚。読書をしている時は、物語の世界に没入できるから、少しだけ現実を忘れられるのが良いところなんだけど。

「主人公と同じ状況なら、現実逃避にもならないね」

 自重気味にそっと呟く。
 本を読むことが、唯一の楽しみだった。特に、中学で一心不乱に頑張ったバレーを引退してからは。
 でも、文也と本を読むのはなんとなく気が引けてしまって、ひとりぼっちで読み続けていた。

「文也と、また一緒に本読みたいよ」

 彼と本を読んでいたあの時間が遠い彼方の思い出に消えていく。
 彼は読書以外に、バレーや恋人という新しい世界を見つけた。私はいまだに、淡い思い出の中に浸っている。
 読みかけだった本にイルカの栞を挟んでパタンと閉じる。
 ブックカバーは文也が中学生の時に誕生日にくれた、猫の刺繍が施されたものだ。使いすぎて色褪せてしまった布も、私にとっても大切な宝物なのに。
 今は、そのブックカバーに触れていることが、いけないことのような気がして。
 本を傍に置いたまま、英語の参考書を開いた。