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「おはよう」
 目覚めた時、新の声がしたので手を伸ばしたが、そこに彼はいなかった。ベッドサイドの椅子に腰かけて本を読んでいた。
「何を読んでいるの?」
 新は表紙を考子に向けた。『太陽系の神秘』という本だった。考子の蔵書であるその本を朝から熱心に読んでいたのだ。
「君の話についていきたいからね」
 新は軽くウインクをした。そして、「食事の用意ができているよ」とダイニングの方に顎を向けた。
「まあ~?」
 考子は上半身を起こした。すると、「そのまま、そのまま」と言って新の両手が伸びてきた。考子がキョトンとしていると、左手で上半身を、右手で下半身を同時に持って抱き上げられた。
 えっ、これって、お姫様抱っこ? 
 考子は思わず両手を新の首に回した。すると、「愛してるよ」と新が考子のおでこにキスをした。幸せな気分になった考子が「もっと?」と甘えたような声を出すと、新の唇が考子の唇を覆った。考子は幸せ過ぎてとろけそうになった。
 テーブルの上にはクロワッサンと一口サイズに切ったバナナが別々の皿に盛られていた。そして、2つのコップには牛乳が並々と注がれていた。
 台所に立った新は「すぐにできるからね」と言ってフライパンに卵を2つ割った。「目玉焼きを半分こでいい?」と言ったが、考子の同意は求めなかった。冷蔵庫の中の卵は2つしか残っていなかったのだ。
 焼き加減は考子の好みに仕上がっていた。黄身が固すぎず柔らかすぎずトロっとして口の中に広がった。その瞬間、顔が恵比寿さんになった。
 食べ終わったあと新が皿を片付けて、コーヒーメーカーにカプセルを入れた。そして、「外は寒そうだから、今日は一日家でのんびりしようよ」と言って、一体型オーディオコンポにCDをセットした。
 曲が流れてきた。考子の大好きな曲『KARI』だった。アメリカのジャズピアニスト『ボブ・ジェームス』とジャズギタリスト『アール・クルー』が共演した素敵なアルバムの1曲目。ミステリアスなイントロからナイロンギターが奏でるメインメロディーになり、エレキピアノの軽やかな音に繋がっていく。たおやかに穏やかに包み込むように流れるメロディーとリズムに考子が身を委ねていると、カプチーノが運ばれてきた。考子は香りを楽しんだあとで口に含んだ。
 ん~、この音楽にピッタリ?
 考子はまた恵比須さん顔になった。
「40年前の録音とは思えないよね」
 新が感心した様子でアルバムジャケットを見た。元々の録音が素晴らしい上に、新しい技術でリマスタリングされ、更に音が良くなっている。その上、世界的スピーカーメーカーが開発した一体型オーディオだけあって、低音から高音まで全域でクリアな音が再生されている。更に、独特のシステムによる臨場感が半端ない。
「賞を獲っただけあって素晴らしい曲ばかりだしね」
 2人はしばらくグラミー賞受賞アルバム『ONE ON ONE』の調べに身を委ねた。
 アルバムを聞き終わったあと着替えを済ませた考子はソファに座ったが落ち着かなかった。昨夜の続きが話したくてうずうずしていたのだ。
「いつでも伺いますよ」
『太陽系の神秘』を膝に置いた新がにこやかに微笑んだ。
「では、お言葉に甘えて」
 考子が居ずまいを正した。