*  *
「どうしたの? 何かあったの?」
 ニコニコしている考子を見て、帰宅した新は不思議そうに顔を覗き込んだ。
「いいことあったんだ。何? 何?」
 考子の両手を持って、左右にゆらゆらと揺らせた。
「教えてあげないよ~ダ」
 考子は甘えた声でイヤイヤの振りをした。
「なんだよ~」
 新がふくれっ面の真似をすると、考子は右手の人差し指で新の鼻をチョンと突いた。
「当ててみて」
 考子はニコッと笑った。
「そう言われても……」
 新は何も思いつかなかった。
「焦らすなよ」
 自分の鼻を考子の鼻にくっつけて至近距離で目を覗き込んだ。
「あのね」
 考子は新から体を離して自分のお腹に手を当てた。そして「コウノトリさんがね」と言った途端、新の目が大きくひん剥かれた。
「できたのか?」
 考子が大きく頷くと、「ヤッター」と喜びを爆発させた。そして、「でかした!」と叫んで考子を強く抱きしめた。「ヤッタ、ヤッター」と叫んで考子の背中を叩こうとした。しかし、すんでのところで止めた。
 危なかった。背中を叩くなんてとんでもないことだ。彼女の中で芽生えた宝物に影響があってはならない。
 新は考子の背中にそっと触れて、上下にゆっくりと撫でていった。そして、今度は労わるように優しく抱きしめた。
「ありがとう……」
 感極まった新の想いがひとしずく頬を伝わった。
 しばらく経って冷静になった新が出産予定日を聞いた。
「9月10日だって」
「そうか、9月か~」 
「乙女座よ」
「ふ~ん」
 新は星座に関してはチンプンカンプンだった。
「誕生石はブルーサファイアで、誕生花はペチュニアやユリやスイセンなんだって」
「ふ~ん」
 まったくイメージが湧いてこない新はスマホで検索を始めた。
「9月生まれの有名人は……、ミケランジェロに伊藤博文に二宮尊徳に正岡子規にアガサ・クリスティーに聖母マリアに吉田茂か~、結構すごい人がいるな」
 芸術に良し、文学に良し、政治に良し、とブツブツ言いながらなおも検索結果を見続けた。すると、「安室奈美恵もそうよ!」と考子は自分のスマホ画面を新に向けて「Can you cerebrate♪」と御機嫌な調子で口ずさんだ。そしていきなりくるっと回った。