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 考子が受診した産婦人科の院長は40代半ばくらいの女性医師だった。夫以外の男性に下腹部や性器を見られるのは嫌だったので、安心して診察を受けることができた。
「初めてですか?」
 考子の緊張をほぐすように、医師が笑顔で優しく声をかけてくれた。
 問診が始まった。最終の生理日や現在の症状、薬の服用履歴などを聞かれた。
「尿検査をしますね」
 医療機関向けの妊娠検査薬で再度尿検査を行った。
「尿検査が陽性でしたので、超音波検査をしましょう」
 それを聞いてちょっと身構えたが、それを察したのか、丁寧な説明が続いた。
「この経腟プローブを膣の中に挿入して赤ちゃんの様子を見ます。それに加えて、子宮と卵巣の具合も見ます。この検査は初めてということなので不安がおありだと思いますが、心配いりませんので力を抜いてリラックスしてください。ちなみにこの経腟プローブはきちんと消毒していますし、コンドームを装着していますので、ご安心ください。ただ、人によっては挿入時に痛みを感じることがあるかも知れませんので、その時には遠慮なく申し出てください」
 考子は下着を脱いだあと、内診台に乗り、スカートをたくし上げ、足を広げた。緊張と恥ずかしさでドキドキしてきたが、自分と医師の間にカーテンが降ろされていて、自分の下半身が見えないようになっているので、時間と共にその恥ずかしさは薄れていった。
 検査が始まった。プローブの先端が触れると、ひんやりと感じた。中に入ってきた。違和感があったが痛みはなかった。首を傾けて画面を見ると、何かが映っていた。とても小さな何かが。
「おめでとうございます。赤ちゃん元気ですよ。ほら心臓が動いているでしょう」
 医師の説明を受けて目を凝らせた。子宮の中に小さなものが映り、その中の小さな点のようなものが動いているようだった。しかし、感動で目が潤み、次第にその姿がぼやけてきた。考子は目を瞑った。
 あぁ~、私の赤ちゃん。私の中で芽生えた命。かけがえのない宝物。
 感動の波が幾度も押し寄せてきて、異次元の世界へ誘われた。今までの人生とまったく違う景色が見えていた。
 命を授かるとはこういうことなのだ。もう自分一人の体ではないのだ。子宮というゆりかごで赤ちゃんを大切に育てるという素晴らしい役割が与えられたのだ。それはつまり人生が180度変わるということなのだ。
 考子はしみじみとそう思った。
 しかし、感動に浸る時間は長くなかった。検査はほんの数分で終わったのだ。現実に戻った考子は下着を身につけ、内診台を降りた。
「記念にお持ちください」
 赤ちゃんが写ったエコーの写真を手渡された。その写真を見る考子の目にはもう涙はなかった。母性に満ちた明るい火が灯っていた。