女の子が私の姿を指をさして、立ち上がる。

「小野寺ダメだよ。大きな声を出したらビックリさせちゃうから」
「あ、ごめんね。でも木村が好きな蝶々じゃん。いつも見てる図鑑で、あの蝶々が一番好きって言ってたやつ?」


 二人の姿、二人の会話を聞きながら、切なくなった弱々しい羽を広げて飛び立つその瞬間。



「ミヤマカラスアゲハ。一番好き。生まれ変わったら俺、あの蝶々になりたい」



 一番好き
 生まれ変わったらあの蝶々になりたい


 確かに聞こえたこの言葉。ねぇ、私も好きだよ君のこと。じゃあ両想いかな?なんてね。
 そうだね、生まれ変わって君が私と同じ羽を持つ蝶になってくれたなら、私は君の子孫を世に残してあげられたかな。
 
 だけどどんなに願っても、どんなに祈っても、私の声は届かない。私の想いは届かない。頬を赤らめ、待っていたなんて……私には永遠に言われない愛の言葉。

 だって私、蝶々だから
 ミヤマカラスアゲハという蝶々だから



 彼が言っていた「生まれ変わることが出来たなら」じゃあ私は君と同じ人間になりたい。羽なんて要らないし空を飛べなくていい。綺麗だなんて言葉も永遠に言われなくていい。

 君と言葉を交わし、君と笑い合えたら。


 君に好きだよと伝えることが出来たなら


「今年の夏は嬉しいな。ミヤマカラスアゲハに会えたから」
「来年もまた会えるよ、私と」

 彼は明日も明後日も来年も、そして何年先も彼女と夏を過ごせるのね。
 だけど、私はきっと夏を越せない。毎日聞こえていた蝉達も、私と同じくもうすぐ命を落とすだろう。

 私の姿で、蝉達の声で、彼が過ごす夏の思い出を未来に繋いであげることが出来たかな?朽ち果てる私の姿は土に還り、彼の必要な空気になれるかな?


 いつか私の好きは透明になってしまうけど……
 この羽が動いている間は好きでいさせて。



 好きだよ、ねぇ好きだよ

 羽を動かし自由気ままに外を駆け巡る。「好きだよ」と、心の中で、何度も唱える。
 いつか今度は、違う姿できちんとこの言葉を伝えることが出来たなら、君のその表情、私に向けてくれるかな。向けてくれるといいな。

 
 明日はきっと、私は動いていない。彼の姿を目に焼き付けながら、きっと目はもう開かないだろう。

 私の直感はハズレない。






 最後の力で羽を動かし、好きだと言ってくれた私の姿を彼に見てもらう。

「また明日ね」


 彼が、私の方に向けてくれた最後の言葉。


 ミーーンミーーンミーーン

 ジーージーージーージーー






【完】