「来るわけないか」
誘ってくれた言葉に、反応が出来ない私に勝手に自己解決してしまったのか、いつもの特等席に座る男の子。だけどもう一度私の方を向いて声をかけてくれる。
「気が向いたらいつでも来てよ」
「…………」
やはり反応が出来ない私だが、声をかけてくれたその瞬間から私の感情は更に高まるのを感じるのは仕方ない。
夢みたいに思えた。いつも遠くで、そして隠れるようにしか姿を見ることしか出来なかったから。
自由の筈だ。ここから離れることも、彼の隣にいくことも決めるのは私。私の行動を決められるのは私しかいない。
「あ、嬉しい。来てくれた」
彼の隣とは言えないが、いつもの距離を考えると信じられないくらいの近さ。嬉しそうな笑顔で私を見つめる男の子。口角が上がっている優しそうな表情を見れただけで、一生分の幸せと思える程の幸福感に包まれた気がした。照れるあまりに視線を変えると、やはり私が載っている本が彼の横に置いてある。
「何処から来たの?」
「昨日雨降ってたけど大丈夫だった?」
話しかけてくれる声はとても小さく、目の前で流れる川の水の音のせいで時々聞こえない。遠くで走る車、空から聞こえてくる飛行機のエンジン、そして蝉の声、夏の匂いですら全てが邪魔くさい。
全部、全部、全てが無音になり、私と男の子だけの世界になれたらいいのに。
彼が話しかけてくれるその声、日陰にいても浮かぶ額の汗、白い肌に私を見つめるその表情、私のものになれたらいいのに。
──なれたらいいのに。
「あー!!いたー!!」
「……小野寺」
河川敷の土手から、物凄い勢いでブレーキもかけずに自転車で降りてくる女の子。ビックリして思わずその場から離れてしまう。
「……危ないだろ。ちゃんと周ってから来いよ」
「大丈夫大丈夫!運動神経だけはバッチリだから!!」
「怪我するぞ」
「あら?心配?」
自転車から降り、河川敷に座っている彼の隣に自然としゃがむ女の子。
「……そりゃ心配だろ」
「へへっ」
会話をしながら顔を赤らめる彼のその頬の赤みは、きっと太陽の暑さのせいじゃない。そんな顔を見ただけで察してしまう。
だよね、そうだよね。
そうだよね
嬉しさでいっぱいになっていた感情は変わらないのに、仲良さげに話す二人の姿を、感じたことのない張り裂けそうな胸の痛みがギュッと感じる。
「木村、肌弱いんだから赤くなって痛い目合うよ。あの時みたいに」
「まぁ……。でも、小野寺と会える時間少ないし」
「確かにー!夏期講習に塾に、受験生は最後の夏だからなぁ。でも終わったら、また小野寺とゆっくり出来るし。でもいつも待っててくれてありがと」
可能性は考えないようにしていた。だって苦しくなるから。そもそも好きになる方が可笑しいのも知っていた。それでも彼の近くに行ってみたかった。
「あ!黒い蝶々!!」