星も月も見えない厚い雲に覆われている真っ暗な夜になり、直感通り小さな雨粒が外を濡らしていく。コンクリートの濡れる独特な匂い、葉っぱが雨水を飲んでお腹いっぱいと喜んでいる。
雨は好きでも嫌いでもない。身体が濡れることは好きでは無いが、子供の時、空全体を埋め尽くしてしまう白く放つ光の後に、ガラガラと鳴る大きな音が怖くて仕方なかったのに、今では遠くで聞こえる雷鳴の音はワクワクする。
あの男の子は、雨は好きかな?それとも嫌いかな?
その答えはきっと、永遠に聞けない。私が雷を見てワクワクしていることも、伝えることは出来ないだろう。
好きになっちゃいけないルールは一切無いが、この恋が実らないのは神様じゃなくてもわかること。私の他に、姿形が嫌いな蝉達だってわかること。
なんであの男の子に惹かれちゃったのかなぁ。なんで私が載ってる本を見ていたのかなぁ。
誰にも聞こえない独り言を、声に出しても出さなくても、この雨音がかき消してしまう。
「好きだよ」
届かない想いを雨で濡らす。
昨日の雨が嘘のようにカラッと晴れて雲一つ無い澄渡る空。気温も昨日よりも暑く、辺り一面濡れていたコンクリートは午前中には太陽の力で完全に乾いている。蕾だった花が咲き、草達の背が昨日よりも明らかに伸びていた。
「今日もいるかな」
そんな独り言が蝉達に聞こえたか聞こえていないか、反応は相変わらずの求愛の大合唱。
いつもと同じ景色、いつもと変わらない雑音。夏の太陽の日差しも変わらない。だけど私には、まるで産まれたばかりの様な新鮮な感覚で、朝を迎えることを心掛けている。
生きていることの喜び。
外の世界で誰にも縛られず、ありのままの私で謳歌したい。
自由を手にした世界と引き替えに、このまま孤独でこの命が終わっても良いとさえ思っていたのに、欲が出てしまった私の感情。
「昨日の……子かな?」
それは突然だった。いつも動き出す時間よりは確かに早い。時計は無いが、感覚でわかる。再び会えること、まして声をかけられることは想定外だった。
振り向くとそこには例のあの男の子。空と同じ、ブルーの色をしたTシャツに、太陽の光を全て吸収してしまいそうなネイビーのズボン。
「…………」
「最近よく見るなと思っていた。だって君、綺麗だから」
想像していた声より低くて、思いもしない私を誉める恥ずかしい台詞に驚きを隠せない。
ミーンミーンミーーン
今日の蝉達は、私をからかう素振りはないらしく、子孫を残す本能でいっぱいのようだった。それとも、彼の台詞にわざとに大きな声を出していたのかな。
「隣に来る?」
「………」