昨日より数メートル、距離を近づいてみる。息を押し殺し、自分の存在がバレないように……そう思っていても、私に気付いて欲しい矛盾な感情。

 仕方ないよね、乙女の心は複雑なの。蝉達の冷やかしに近い煽りのお陰で、昨日遠くで見えた彼の姿は更に鮮明に私の視界に入り込む。
 白い肌は相変わらず目立ち、穏やかな表情が今回ハッキリ見えた。

 お陰様で心臓バクバク、自分の鼓動がこんなにも早く脈打つのは初めてだ。このドキドキのせいで既にUターンしたい。これだけの収穫で、私の胸のメーターは限界値を超えそうなのに、相変わらず蝉達の鳴き声が私に逃げ場を与えない。

「逃げるなよ」
「もっと近くに行けよ」

 他人事だと思って。あとで覚えてなさい。
 出来もしない報復を胸に秘め、蝉達を睨んでみるが彼らには全く効果が無い。

 川から流れるせせらぎからは、太陽の光が反射してキラキラと眩しく、そして綺麗だ。


 彼の横顔もまた、綺麗に見えた。


 日陰に座っている今日の彼は、少し厚みのある本を読んでいるらしく、下を向いている彼の目線は私の存在なんて気付いてくれない。ホッとしたような、残念なような。

 だけど確信した自分の気持ち。

 あぁ、私。この男の子に惹かれているんだ。気付いていた感情に否定はしないし、迷うこともない。そんな恋心を目の前に、分かってるのはただ一つ。



 私の想いは届かない。


 流石の蝉達もそれを分かっているのか、彼に見つからないよう夏の太陽のせいで、生い茂った雑草に私が身を隠していることには口を出さない。空気を読めるのか読めないのか分からない。

「あ、あれっ!」
「マジだ!名前は……」

 隠れていても、目立つ私の容姿に気付いた数人の男女がこちらに向かって走ってくる。慌ててその場から離れる私に、向かってくる人達の騒ぎに気付いた例の男の子がようやく顔をあげる。

 一瞬だけ目が合ったんだ。本当に一瞬。そしたらその男の子、やっぱり私にニコッて微笑んでくれてた。昨日の笑顔は気のせいじゃなかったみたい。もういいや、これだけで満足。
 雑草が生き生きとしている緩やかな土手を急いで登り、私に向かってきた子達から無事に逃げ切れることに成功した。流石に暑いし、動きすぎて身体がしんどい。水分を補給して、身体を休める。
 


 暑いのは……夏だけの理由じゃない。顔も身体も暑いのは、彼が読んでいたモノは私が掲載されている本だったから。

 嬉しい……。嬉しくてパタパタと何処までも飛んで行きたい気分になれた。何処までも、いつまでも……。彼の近くで羽ばたけたら良いのに……。

 雨が近づく匂いを感じる。夜はどうやら湿度が高く、小雨が降るらしい。



 私の直感はハズレない。