河川敷で会う日になった。
本屋で最後に、河川敷で会う時間を決めた。
俺は、予定より三十分前に、河川敷に自転車を走らせた。
もしかしたら、先に来てくれているかもしれないと。
自惚れた思考だった俺は、やはりきこさんにとって俺は「幼馴染」なのだと、改めて理解した。
陽太に
『気付いたかもしれない』
と送信する。
すぐに、
『何に』
と返ってくる。
『きこさんに対しての自分の気持ちに』
陽太に送信することを、このたった十六文字が迷わせた。
トートバッグの中のきこさんから借りた本が、何かを話すように、俺の目線を瞬間的に奪った。

「そうまくん!ごめんね、先にいてくれてたんだね。ありがとう」
「きこさん、こんにちは。全然大丈夫です」
俺はきこさんの前に立ち、トートバッグから「なにもない球体」を取り出す。
「本、返却しますね」
そう言って、きこさんに本を手渡す。
「あ、そうだったね!ありがとう。どうだった?」
「すごくおもしろかったです。読んではじめて、タイトルの意味がわかりました。ミステリー要素が結構入ってる感じがして、すごく読みごたえがあったというか…」
しばらく本のことを話し合った。お互い、夢中になって。
ふと、きこさんが口を開いた。
「…そうまくん、最後にこれ」
差し出されたのは、やはり一冊の本。「ラピスラズリとアイロニー」と書かれた美しい表紙は、どこかきこさんを連想させた。
「またいつ会えるかわからないけど、会える日まで、そうまくんに貸しておくことにする」
にこっ、と、キッパリと決心したことがわかるきこさんの笑顔を見て、俺はどうしてか泣きそうになった。
「どうしてですか…?」
「読めばわかるよ!」
爽やかな優しい笑顔が、いつもよりも輝いて見えた。
諦めるしか、ない。この気持ちは、捨てなければならない。
「…ありがとうございます。もしまた会ったら…。今度は、この本の話ができるといいな」
「そうだね。私がいなくなるからって、ちゃんと本読まないのはだめだからね?会ったら確認しようかな、ちゃんと読んだか」
「言われなくても読みますよ」
なんで読むの?
「…きこさんが貸してくれた、本だから」
自分に問いかけるように、自分に答えるように。
その言葉は、永遠にきこさんにすくわれることなく、俺の中に閉じ込められる。ふっ、と動く悲しげな笑みも。
けれど。
「私も、そうまくんが読んでくれるから、貸してるんだよ」
そんな沈んだ気分を、この人は吹き飛ばすことを、俺は知っている。

「そうまくんと本の話がしたいから、貸してるんだよ」

大切な、私の幼馴染(・・・)だから。
そうきこさんが言ってくれるだけで、俺の心は、ぱっと明るくなる。
群青の空の下で、俺が透き通っているみたいに。それくらい、爽やかに。
透き通った、好き通った(・・・・・)俺の心は揺らぐ。
「だから、そうまくんと同じ!また会うの、楽しみにしてるね。私そろそろ行こうかな」
きこさんは、幼馴染で、優しい、柔らかな笑顔の人。
「ありがとうございました。…行ってらっしゃい。貸してもらった本の話、またしましょう」
「うん!こちらこそ、ありがとう!ばいばい!」
またね!
二人の声が重なって、きこさんが遠のいていく。
なんか、やっぱ無理だ。
この人のことを、諦められる気がしない。
『またねって、言った』
俺は、陽太にそう送った。
めずらしく、少し時間が空いて、返信が来た。
『俺今、今すぐお前のとこ行って、お前のこと抱きしめてやりたいわ』
そして、もう一つ。
『がんばったね』
ぶわっ、と、たくさんの涙が出てきた。
「う…っ、陽太…」
何の涙かはっきりしないけれど、ぼろぼろと、目から大粒の涙が溢れて止まらない。
「蒼真ーっ!!」
突然自転車をこいで現れた陽太に、俺は驚く。
「よ、陽太…っ?」
「大丈夫…ってお前っ、泣いてんの!?…泣かすなよ、俺涙もろいのに!!」
「…ふはっ!俺より陽太の方が泣いてんじゃん!」
「だからお前が泣いてんだもん…!!」
お互いに肩をさすり合って、泣いた。陽太はよくわからないけど。
きこさんへの気持ちは、きこさんに伝えようとは思わない。
ただ、俺の中で、大切にとっておきたい。
「…いつか、会いに行くから」
俺は、陽太に肩をさすられながら、ぎゅっと強く、今日きこさんにもらったおすすめメモを抱きしめた。