雪が夕陽に照らされる頃、私達は駅のホームに立っていた。
「ありがとう。ここまで送ってくれて」
「ああ。……また、帰ってこいよ」
「うん」
ニコッと笑うけど、私はもう戻らないと決めている。
あなたが家庭を築いているところを見る勇気はないから、あなたが別の女性にふにゃとした笑顔を見せるなんて耐えられないから。
だから、私は。
「元気でね」
拓也の目を見つめ、そう別れを告げた。
あなたと過ごした最後の夜を忘れない。
あなたと結ばれることはなかったけど、繋いだ手の温もりは忘れない。抱き締めあった温かな夜は、私を守ってくれる一生の思い出。
さよなら、大好きだった人。
「綾子。……独り言だと思って、聞いて欲しい。俺、お見合い相手との、お付き合い断ったから。まあ気付いてると思うけど、ずっとフリーだし。それだけは知っておいて欲しくて」
頭をクシャとさせ、目を逸らす。
まさか、昼の電話って!
「えっ、でも、どうして……」
だって、家業を守る為には。
「綾子のこと引きずりながら、交際とか結婚とか。相手に失礼過ぎるだろ? だから、それでいいんだよ。それより、これからも帰ってこいよ? 確かにこの町並みは変わったけど、また新たな風景があるんだよ。見せたい場所、いっぱいあるんだ」
少しムリして笑っているのは、幼馴染の私には容易に分かって、だからこそ事の重大さに身震いを起こしてくる。
「……でも、私は……」
「別に嫁になれとか思ってないし。……まあ、それが俺の気持ちだから。あの頃と違って、綾子に全てをぶつけて送り出せる。あの時より一歩進めたかな、俺?」
そう言って目を泳がせている姿から、相当照れているのだと見て取れる。
私はどうなのだろう。
拓也は気持ちをぶつけてきてくれたのに、私はまた何も返せない。
また臆病で、保守的な自分に戻ってしまった。
「ごめんな。十年前のあの日に、いつでも帰ってこいと言えていたら……。綾子の帰って来る場所を奪っていたのは俺だった」
私は首を横に振る。
違うよ、拓也のせいじゃないよ。それは私のせい。
ずっと片意地張って、ただ突っ走っていた。
だってそうしないと、自分の弱さに気付いてしまいそうで怖かったから。
だからこの町に帰って来なかったの。
両親や友達、拓也の顔を見たら泣き崩れてしまいそうだったから。
でも、私は今日この町に帰って来たことによって自分の本心に、弱い自分を曝け出し認めることが出来た。
もう一度、仕事と向き直すと決めたんだ。
だから。
「山の雪が溶ける頃に、一度帰って来ていい?」
思い切って、わがままを言うことにした。
「ああ、待ってる。綾子が帰って来る場所は、この町なんだから」
伸ばされた手を握りしめると、温かくて、優しくて。ずっと、ずっと、包み込んでほしい大きな手。
だけど。
聞こえるアナウンスと、電車の停止音。
それは、私達の別れの合図だった。
張り裂けそうな胸を抑え、手をそっと離し、私は電車に乗り込む。
「あのね。……拓也のこと好きだから。子供の頃からずっと」
初めて声に出した気持ち。目頭はどんどんと熱くなり、思わず目から涙が伝わっていた。
「お、俺もだから! 綾子のこと、好きだから!」
ドアが閉じる瞬間にその声は聞こえ、拓也は目を光らせながら、ふにゃっと微笑んだ。
動き出す電車。
どんどんと小さくなっていく、その姿。
視界が歪んで見え、何度もそれを拭い、拓也が見えなくなるまで、ずっとずっと見つめていた。
私、頑張るからね。もう一度。
冬の終わりを告げる終雪が降る中、あの夜が最後にならないことをひたすらに願った。
「ありがとう。ここまで送ってくれて」
「ああ。……また、帰ってこいよ」
「うん」
ニコッと笑うけど、私はもう戻らないと決めている。
あなたが家庭を築いているところを見る勇気はないから、あなたが別の女性にふにゃとした笑顔を見せるなんて耐えられないから。
だから、私は。
「元気でね」
拓也の目を見つめ、そう別れを告げた。
あなたと過ごした最後の夜を忘れない。
あなたと結ばれることはなかったけど、繋いだ手の温もりは忘れない。抱き締めあった温かな夜は、私を守ってくれる一生の思い出。
さよなら、大好きだった人。
「綾子。……独り言だと思って、聞いて欲しい。俺、お見合い相手との、お付き合い断ったから。まあ気付いてると思うけど、ずっとフリーだし。それだけは知っておいて欲しくて」
頭をクシャとさせ、目を逸らす。
まさか、昼の電話って!
「えっ、でも、どうして……」
だって、家業を守る為には。
「綾子のこと引きずりながら、交際とか結婚とか。相手に失礼過ぎるだろ? だから、それでいいんだよ。それより、これからも帰ってこいよ? 確かにこの町並みは変わったけど、また新たな風景があるんだよ。見せたい場所、いっぱいあるんだ」
少しムリして笑っているのは、幼馴染の私には容易に分かって、だからこそ事の重大さに身震いを起こしてくる。
「……でも、私は……」
「別に嫁になれとか思ってないし。……まあ、それが俺の気持ちだから。あの頃と違って、綾子に全てをぶつけて送り出せる。あの時より一歩進めたかな、俺?」
そう言って目を泳がせている姿から、相当照れているのだと見て取れる。
私はどうなのだろう。
拓也は気持ちをぶつけてきてくれたのに、私はまた何も返せない。
また臆病で、保守的な自分に戻ってしまった。
「ごめんな。十年前のあの日に、いつでも帰ってこいと言えていたら……。綾子の帰って来る場所を奪っていたのは俺だった」
私は首を横に振る。
違うよ、拓也のせいじゃないよ。それは私のせい。
ずっと片意地張って、ただ突っ走っていた。
だってそうしないと、自分の弱さに気付いてしまいそうで怖かったから。
だからこの町に帰って来なかったの。
両親や友達、拓也の顔を見たら泣き崩れてしまいそうだったから。
でも、私は今日この町に帰って来たことによって自分の本心に、弱い自分を曝け出し認めることが出来た。
もう一度、仕事と向き直すと決めたんだ。
だから。
「山の雪が溶ける頃に、一度帰って来ていい?」
思い切って、わがままを言うことにした。
「ああ、待ってる。綾子が帰って来る場所は、この町なんだから」
伸ばされた手を握りしめると、温かくて、優しくて。ずっと、ずっと、包み込んでほしい大きな手。
だけど。
聞こえるアナウンスと、電車の停止音。
それは、私達の別れの合図だった。
張り裂けそうな胸を抑え、手をそっと離し、私は電車に乗り込む。
「あのね。……拓也のこと好きだから。子供の頃からずっと」
初めて声に出した気持ち。目頭はどんどんと熱くなり、思わず目から涙が伝わっていた。
「お、俺もだから! 綾子のこと、好きだから!」
ドアが閉じる瞬間にその声は聞こえ、拓也は目を光らせながら、ふにゃっと微笑んだ。
動き出す電車。
どんどんと小さくなっていく、その姿。
視界が歪んで見え、何度もそれを拭い、拓也が見えなくなるまで、ずっとずっと見つめていた。
私、頑張るからね。もう一度。
冬の終わりを告げる終雪が降る中、あの夜が最後にならないことをひたすらに願った。



