目が覚めたら、繋がれていた手はいつの間にか解かれていた。
 夢のひとときは終焉を迎え、私はベッドにひとりぼっち。
 仕方がない。これが私が選んだ道なのだから。

 無理矢理頭を切り替えて、久しぶりに朝まで寝られたとスマホを見たら、その事実に震える。
 朝ではなく既に昼を迎えており、私は大寝坊をしてしまっていた。
 慌てて駆け出すと体は軽く、階段を身軽に降りていける。
 私は健康になったんだ。心も体も。
 全て、拓也のおかげだ。

「……はい。ですので、申し訳ありませんが……」
 和室の襖を開けようとして、拓也の声が微かに聞こえてきた。
 内容はよく聞こえないけど、襖の隙間から見える拓也の表情は見たこともないほど凛としていて、外で働く男性の顔だった。
 終わったんだ。全て。

「綾子?」
「あ、ごめん。寝坊しちゃって!」
「いいよ。それよりメシ」
 テーブルには鮭、卵焼き、納豆が用意されていて、こんなしっかりとした朝ご飯を見るのは久しぶりだった。
「うん」
 一緒に食卓を囲んで朝食なんて、なんだかくすぐったくて目を合わせられない。
 別に何もなかったけど、私にとって最初で最後の一夜だろうから。

「美味しい。おばさんと同じ味がする」
「散々仕込まれていたからな」
「そっか。……奥さんになる人は幸せだね」
「どうだろうな……?」
 そこで終わってしまう会話。
 肯定してよ。あなたは一人で居られない寂しがり屋。
 だから、誰かと幸せになってよ。

「私、東京に戻るね」
「え?」
「もう一度頑張ると決めたの」
「そっか。頑張れよ」
「拓也も幸せにね?」
「……ああ」

 この先、この日のことを後悔するかもしれない。
 好きな人との最後の思い出を作れば良かったとか、仕事に戻る自分とか。
 だけど私の出した結論は十年前と同じ。
 この恋は実らない。