だけどそんな気持ち、温かな布団に包まれてしまったらどうでも良くなってしまった。
 大好きな匂いに包まれた私を、止められるものなんてないのだから。

「狭くないか?」
「全然!」
 普段拓也が寝ている、シングルベッドで一緒に寝ることになった。
 子供の頃は余裕でゴロゴロしていたけど、今の私達は寝返りを打つのにもやっとの大きさ。
 それだけの月日が過ぎ去っている。
 そうゆうことなのだろう。

 男性の部屋に泊まることがどうゆうことか知っているはずなのに、期待していたはずなのに。私は拓也に背向けている。それは拓也も同じで、お互いに反対を向いていた。
 だって私は、この年でと思われそうだけどまだ……。

 どこか怖くて目をギュッと閉じていると、ベッドの軋みによってこっちに体を向けてきたと分かる。
 そんな拓也に、私の心臓はずっと高鳴っていた。

 すると伸びてきた手によってギュッと引き寄せられる体。
 密着した体からは拓也の速い心臓の音が伝わってきて、私と同様に緊張しているのだと感じ取れる。

 優しく頭を触られる。私はこの大きな手が好きだった。
 次に頬を包み込んでくれる。拓也の手の体温は、私の紅潮した頬と同じぐらいの熱さで、こんな真冬の夜に異常だった。
 そしてベッドが軋み、拓也が体を起こしたと感じ取る。
 私が振り返らずにいると、その熱い手で私の体は最も簡単に拓也の方に向けられた。
 カーテンの隙間より覗く雪明かりによって、拓也の顔が見える。
 優しくて、愛おしいて、大好きだった瞳。
 ずっと欲しかった唇が近付いてきて、私はそっと目を閉じる。

 ずっと好きだった。十年間、ううん、子供の頃から。
 私の書いたウェディングドレスを綺麗だと褒めてくれ、雪が降る中でも一緒に学校に走り、高校一年生でどっちが言ったわけでもなく、付き合い始めた。
 あの頃は、ただ手を繋ぐだけだった関係。
 高校生にしては幼過ぎる恋。
 だけど繋いだ手はとても温かくて、それだけで満たされていた。

 拓也と別れて十年。恋の予感を悟ることはあったけど、私はあの日の決意を守り一人。
 ……そう言い訳していたけど、本当は拓也を忘れられなかったのが本心。

 好き。ずっと。だから。
「……だめ」
 私は拓也の胸に手を置き、グッと押し返した。
 触れそうになっていた唇は、その温かな吐息のみを残して離れてゆく。
 自分が行動を起こした故なのにそれはあまりにも切なく、腕の力が少し緩んでしまった。

「俺、いい加減な気持ちじゃないから」
 私の手を握り、真っ直ぐに私を見つめてくれるこの瞳に、偽りはないだろう。
 だけど。いや、だからこそ。だめなの。

「……お見合い相手に失礼だから」
 決意が鈍らないようにと、そっと目を逸らす。

「えっ? ……あ、聞いてたのか? いや、あれは。断ろうと……」
 そう呟いた拓也の力は抜けていき、歯切れが悪くて、目を逸らせてきて、頭をグシャとさせる。
 変わってないな。それが出来ないから、こんな表情するんだよね?

「おじさんおばさん居なくて、一人で農園守るの大変だよね? 一緒に切り盛りしてくれる気立ての良い奥さんと、跡継ぎが必要だもんね?」
 私の実家も自営業だから、その深刻さは分かる。
 しかも拓也の場合、急に両親が亡くなったのだもの。
 兄が継いでくれた家とは、全く状況が違うだろうから。

「ごめんなさい。私は、あなたの奥さんにはなれないから……」
「別に俺は、打算で綾子とそうなろうとしたわけじゃ……!」
「そんなの、分かってるよ。……だけど、それは私が許せない。たった一夜のことでも、別の女性と結婚するかもしれない人と、そうなるのは……」

 二十八歳になっても経験がないから、そうゆうことを重く考え過ぎてしまうのかもしれない。
 一般的な価値観では、そんなことどうでも良いじゃないと笑われてしまうかもしれない。
 だから拓也からしても、引いてしまうかもしれない。
 だけど、それが私の価値観。好きでも、それはやっぱり譲れない。

「……ごめん。俺、別の部屋で寝るから」
 拓也は、私からそっと離れていく。
 その背中はあまりにも切なく、私は思わず冷たい手を掴んでいた。

「ねえ、良かったら一緒に寝てくれない? 幼馴染として、あの頃みたいに」

 子供の頃、遊び疲れた私達は身を寄せ合って寝ていた。
 その頃から私は拓也が好きで、眠っている顔を見つめるだけで、ただ幸せだった時間。

「良いのか?」
「うん」
「ありがとうな。親が居なくなって、ずっと一人だったから……」
 布団に入って抱き付いてくるのは、変な意味じゃない。拓也はやっぱり淋しかったんだ。誰かに側にいて欲しくてたまらなかったんだ。

 私もずっと苦しくて、誰かに弱音を吐いて、ただ抱き締めてもらいたくて。
 大人になっても、不安になったり、孤独を感じたり、甘えたかったりして。
 淋しい私達は身を寄せ合って、手を繋いで、ただ眠った。