「家、来ないか?」
 耳元で囁かれた言葉。
 さすがにその意味ぐらい分かる。
「……うん」
 その返事の意味も。

 黙って手を繋いで歩いて行く私達は、もう子供ではない。
 今夜、私達は……。
 考えただけで、思わず手が震えてしまっていた。

 すると見えてくる懐かしい建物。
 木造二階建ての大きな一軒家だった。
 同窓会の時に聞こえた話から、おじさんおばさんは亡くなったらしく、拓也は現在一人暮らし。
 だから家業を引き継ぎ、一人でその看板を背負っているらしい。

 私は十年振りに足を踏み入れた。
 広く、ひんやりとした部屋は物が少なくなっていて、おじさんおばさんに迎えられた明るい部屋は幻だったのかと錯覚するぐらい、暗くどんよりとしていた。

 すると拓也が後ろから、私を抱きしめてきた。
 その体は震えていて、寒さからではないと分かっている。
 ここに拓也は一人で暮らしている。
 一人になるのと、なってしまうのは違う。
 淋しいよね。家に居るのに家族が居ないなんて。

「綾子」
「あ、あ、あのね! このままはちょっと!」
「え?」
「だから、シャワーとか……」
「あ! そっか、ごめん!」
 慌てて離れる拓也と目が合い、また俯いてしまう。
 そんなこと、高校生の私達には絶対になかった会話だろう。

 それから記憶にない。
 こんなにドキドキするのは人生で初めてだろう。
 だけど一人お風呂に入りながら考えるのは、もう一つの考え。
 本当に良いの?
 だって私達には……。