駅の改札から出た先は、一面銀世界だった。
久しぶりに目にする積雪量に、私は思わず溜息を吐いてしまう。
この町では当たり前だった雪景色。
しかし十年振りにこの町に帰ってきた私には、驚きと気鬱さしか感じなくなっていた。
雪にウンザリするのは、いつ頃からだろう?
子供の頃は嬉しかったし、雪だるまを作って遊んでいた。
中学生でも、喜んで外を駆けていた。
高校生では雪をぶつけ合って、はしゃいでいた。
専門学生になると、初めは都会の雪の少なさに淋しさを感じていたけど、電車が遅延したり止まる現実を目の当たりにして、綺麗とか言っていられなくなった。
社会人になったら僅かな雪に苛立ちを感じ、ただ疎ましい存在へと変貌していた。
その現実に白い溜息を吐く。
……私はいつの間に、これほどつまらない大人になってしまったのだろうか?
この町を出た十八歳の自分に、不甲斐ない未来の姿を謝る。降りゆく牡丹雪を眺めながら、除雪された道を歩くこと五分。この田舎町にはミスマッチな、大きな建物の前に辿り着く。
ここは、この町唯一のグランドホテル。
冬の終わりである本日、パーティ会場の一室で高校の同窓会が執り行われる。
きっかけは生徒不足により、母校が廃校になるからだった。
この町に住んでいた頃より、遠目からいつも見ていた外観。だけど中に入るのは初めてで、落ち着いた暖色を照らすシャンデリアに、柔らかな絨毯の感触にどこか気遅れしてしまう。
畏まったスーツ姿のホテルの係員さんに、綺麗に着飾った同世代ぐらいの男女が「久しぶりー!」と声を張り上げ、笑い合っている。
大きな姿見に映るのは白いコートに身を包む、明らかに素人が髪をセットしたと分かるぐらいの、中途半端な見た目の私。
もっと、準備してこれば良かった。
どこまでもダメな自分に、足は自然と出口へと向かっていた。
「……綾子?」
背後から聞こえるパタパタと駆け寄るような音と、変わらない温かな声。
私の心に張り付いていた氷は、その温もりによりパラパラと溶けていったような気がした。
「元気だった?」
茶髪をアップにして黒い花柄のワンピースに身を包んだ背の高い女性、朱莉。
肩までの黒髪に揺れるピアスを付け白いニットと黒のスカートに身を包んだ女性、直美が居た。
駆け寄って抱きしめてくれると、あまりにも懐かしい香りが私を優しく包んでくれる。
「もぉー! 全然連絡取れないんだから! 心配してたんだからねー!」
そう言って私から離れないのは、昔から甘えん坊だった朱莉。
「まあまあ、今日は来てくれてありがとう」
そう宥めてくれるのは、しっかり者の直美。
二人とも見た目は大人っぽくなったけど、話し方も性格も全然変わっていない。
「ごめんね。連絡ありがとう」
手の平を合わせて謝りつつ、あの頃と変わらない二人の姿に私の目頭はどんどんと熱くなる。
「ちょっとー、そこー! さっさと受付済ませてよねぇ!」
懐かしすぎる口調に三人同時で顔を向けると、そこには見た目は変わったけど、口調は変わらない生徒会長。
「……綾子、久しぶりだね」
手続きをしながらニコッと笑いかけてくれる姿に、胸まで熱くなっていく。
「さあ、行こう!」
手を引かれた私は二人と共に、賑わう廊下を抜けて会場に辿り着く。
そこには懐かしい顔ぶれが揃っていて、私は一瞬で高校時代の私に戻ってしまった。
「わっ、みんな!」
先程の気鬱さは何だったのかと思うぐらい、私の声は弾んでいた。
「うそっ! 綾子!」
わっと盛り上がる、三年二組の女子メンバー。
久しぶりに会う同級生達はあの頃と同じように大きく手を振ってくれて、そのノリも距離感も高校生の頃から変わっていなかった。
それが心地よくて、なんだかくすぐったくって。
みんな、私のこと忘れずにいてくれたんだ。
そう思うだけで、凍り付いていたはずの心は温かなものへと変わっていく。
話の中で、女子メンバーは今の現状を話してくれた。
殆どの子が結婚、もしくは結婚予定があり、早い子は子供もいるらしい。
しかも、その現状をみんな驚くことなく聞いていて、結婚式に参列した話、子供が同級生の話に続き、差し出されたスマホに映し出されたのは、私には全くない幸せの形。
十年の月日は、埋め尽くせないほどの溝を作ってしまう。そう悟った私は、今まで犠牲にしてきた物の代償を思い知った。
「私、喉渇いたなぁー」
会話の途中だって言うのに、朱莉が無邪気にボソッと呟いた。
えっ? と思ったけど、「あ、確かに。あっちに飲み物あるし、取りに行こっか?」と直美が続ける。
二人は私をグイッと引っ張ってくれ、女子の円からそっと抜けていく。
「ありがとう……」
いたたまれなくて、情けなくて。つっかえる喉から、なんとか息と共に言葉を吐き出す。
「何がー? ……それより何飲む? お酒とかいっちゃう?」
「お、良いね! 再会を祝って、乾杯しよう!」
明るい朱莉に、それに乗る直美。
そんな二人と、可愛いピンクのカクテルを手に取りグラスを三つ合わせ、十年ぶりの再会を祝う。
私の送別会を開いてくれた時に合わせたグラスの中身はジュースだったけど、今はカクテルに変わっていて。私達は大人になったのだと、改めて思い知らせてくれる。
「えっ! えーと……」
昔から、何かあると直ぐに顔と声に出る朱莉が、出した声を抑えるように口元を抑え目をキョロキョロと動かす。
「ちょっと、先生に怒られる歳でもないでしょうー!」
ふふっと笑いながら朱莉が向けた方に顔を向けた直美は、声は出さないにしても同じく目を泳がせて口篭ってしまう。
ドクンと胸騒ぎがした私は、二人が向けた視線の先に目を向ける。
するとそこには、同級生達の中に見覚えのある背中が一つ。
誰なのか、すぐ分かった。
だって、ずっとずっと見つめていた背中だったんだから。
「あ……。他のクラスの子にも挨拶してくる?」
朱莉と直美は声を裏返らせ、必死に話題を変えようとしてくれる。
「ありがとう。でも、とっくに終わったことだから」
私は口角を上げ、にっこり笑う。
ごめんね。気を遣わせて……。
そう、心で呟きながら。
「……本当、ごめん」
「来ないって聞いていたのに……」
同窓会に誘ってくれた二人は、バツの悪そうな表情を見せてきて。その様子から、今までもたくさん気を使わせてきたのだろうと察せられる。
「もー、大丈夫だって! むしろ久しぶりに話したかったぐらいだしー」
そう口にし、私は先導して歩く。
十年前の十八歳で散った恋。
その想いはとっくに枯れ果て、何も残ってなどいない。
そう、何も……。
すると彼は、何かに引き寄せられるかのようにこっちに顔を向けてきた。
紺のシャツに黒のジャケット、明るすぎない白のズボンを着こなした彼は変わらずスラリとして背が高い。だけどキリッとした目に落ち着いた表情は、高校生だったあの頃とは違い、大人の風貌をした男性になっていた。
突然の対面に、私の心臓はドクンドクンと鳴り響く。
久しぶりに目にする積雪量に、私は思わず溜息を吐いてしまう。
この町では当たり前だった雪景色。
しかし十年振りにこの町に帰ってきた私には、驚きと気鬱さしか感じなくなっていた。
雪にウンザリするのは、いつ頃からだろう?
子供の頃は嬉しかったし、雪だるまを作って遊んでいた。
中学生でも、喜んで外を駆けていた。
高校生では雪をぶつけ合って、はしゃいでいた。
専門学生になると、初めは都会の雪の少なさに淋しさを感じていたけど、電車が遅延したり止まる現実を目の当たりにして、綺麗とか言っていられなくなった。
社会人になったら僅かな雪に苛立ちを感じ、ただ疎ましい存在へと変貌していた。
その現実に白い溜息を吐く。
……私はいつの間に、これほどつまらない大人になってしまったのだろうか?
この町を出た十八歳の自分に、不甲斐ない未来の姿を謝る。降りゆく牡丹雪を眺めながら、除雪された道を歩くこと五分。この田舎町にはミスマッチな、大きな建物の前に辿り着く。
ここは、この町唯一のグランドホテル。
冬の終わりである本日、パーティ会場の一室で高校の同窓会が執り行われる。
きっかけは生徒不足により、母校が廃校になるからだった。
この町に住んでいた頃より、遠目からいつも見ていた外観。だけど中に入るのは初めてで、落ち着いた暖色を照らすシャンデリアに、柔らかな絨毯の感触にどこか気遅れしてしまう。
畏まったスーツ姿のホテルの係員さんに、綺麗に着飾った同世代ぐらいの男女が「久しぶりー!」と声を張り上げ、笑い合っている。
大きな姿見に映るのは白いコートに身を包む、明らかに素人が髪をセットしたと分かるぐらいの、中途半端な見た目の私。
もっと、準備してこれば良かった。
どこまでもダメな自分に、足は自然と出口へと向かっていた。
「……綾子?」
背後から聞こえるパタパタと駆け寄るような音と、変わらない温かな声。
私の心に張り付いていた氷は、その温もりによりパラパラと溶けていったような気がした。
「元気だった?」
茶髪をアップにして黒い花柄のワンピースに身を包んだ背の高い女性、朱莉。
肩までの黒髪に揺れるピアスを付け白いニットと黒のスカートに身を包んだ女性、直美が居た。
駆け寄って抱きしめてくれると、あまりにも懐かしい香りが私を優しく包んでくれる。
「もぉー! 全然連絡取れないんだから! 心配してたんだからねー!」
そう言って私から離れないのは、昔から甘えん坊だった朱莉。
「まあまあ、今日は来てくれてありがとう」
そう宥めてくれるのは、しっかり者の直美。
二人とも見た目は大人っぽくなったけど、話し方も性格も全然変わっていない。
「ごめんね。連絡ありがとう」
手の平を合わせて謝りつつ、あの頃と変わらない二人の姿に私の目頭はどんどんと熱くなる。
「ちょっとー、そこー! さっさと受付済ませてよねぇ!」
懐かしすぎる口調に三人同時で顔を向けると、そこには見た目は変わったけど、口調は変わらない生徒会長。
「……綾子、久しぶりだね」
手続きをしながらニコッと笑いかけてくれる姿に、胸まで熱くなっていく。
「さあ、行こう!」
手を引かれた私は二人と共に、賑わう廊下を抜けて会場に辿り着く。
そこには懐かしい顔ぶれが揃っていて、私は一瞬で高校時代の私に戻ってしまった。
「わっ、みんな!」
先程の気鬱さは何だったのかと思うぐらい、私の声は弾んでいた。
「うそっ! 綾子!」
わっと盛り上がる、三年二組の女子メンバー。
久しぶりに会う同級生達はあの頃と同じように大きく手を振ってくれて、そのノリも距離感も高校生の頃から変わっていなかった。
それが心地よくて、なんだかくすぐったくって。
みんな、私のこと忘れずにいてくれたんだ。
そう思うだけで、凍り付いていたはずの心は温かなものへと変わっていく。
話の中で、女子メンバーは今の現状を話してくれた。
殆どの子が結婚、もしくは結婚予定があり、早い子は子供もいるらしい。
しかも、その現状をみんな驚くことなく聞いていて、結婚式に参列した話、子供が同級生の話に続き、差し出されたスマホに映し出されたのは、私には全くない幸せの形。
十年の月日は、埋め尽くせないほどの溝を作ってしまう。そう悟った私は、今まで犠牲にしてきた物の代償を思い知った。
「私、喉渇いたなぁー」
会話の途中だって言うのに、朱莉が無邪気にボソッと呟いた。
えっ? と思ったけど、「あ、確かに。あっちに飲み物あるし、取りに行こっか?」と直美が続ける。
二人は私をグイッと引っ張ってくれ、女子の円からそっと抜けていく。
「ありがとう……」
いたたまれなくて、情けなくて。つっかえる喉から、なんとか息と共に言葉を吐き出す。
「何がー? ……それより何飲む? お酒とかいっちゃう?」
「お、良いね! 再会を祝って、乾杯しよう!」
明るい朱莉に、それに乗る直美。
そんな二人と、可愛いピンクのカクテルを手に取りグラスを三つ合わせ、十年ぶりの再会を祝う。
私の送別会を開いてくれた時に合わせたグラスの中身はジュースだったけど、今はカクテルに変わっていて。私達は大人になったのだと、改めて思い知らせてくれる。
「えっ! えーと……」
昔から、何かあると直ぐに顔と声に出る朱莉が、出した声を抑えるように口元を抑え目をキョロキョロと動かす。
「ちょっと、先生に怒られる歳でもないでしょうー!」
ふふっと笑いながら朱莉が向けた方に顔を向けた直美は、声は出さないにしても同じく目を泳がせて口篭ってしまう。
ドクンと胸騒ぎがした私は、二人が向けた視線の先に目を向ける。
するとそこには、同級生達の中に見覚えのある背中が一つ。
誰なのか、すぐ分かった。
だって、ずっとずっと見つめていた背中だったんだから。
「あ……。他のクラスの子にも挨拶してくる?」
朱莉と直美は声を裏返らせ、必死に話題を変えようとしてくれる。
「ありがとう。でも、とっくに終わったことだから」
私は口角を上げ、にっこり笑う。
ごめんね。気を遣わせて……。
そう、心で呟きながら。
「……本当、ごめん」
「来ないって聞いていたのに……」
同窓会に誘ってくれた二人は、バツの悪そうな表情を見せてきて。その様子から、今までもたくさん気を使わせてきたのだろうと察せられる。
「もー、大丈夫だって! むしろ久しぶりに話したかったぐらいだしー」
そう口にし、私は先導して歩く。
十年前の十八歳で散った恋。
その想いはとっくに枯れ果て、何も残ってなどいない。
そう、何も……。
すると彼は、何かに引き寄せられるかのようにこっちに顔を向けてきた。
紺のシャツに黒のジャケット、明るすぎない白のズボンを着こなした彼は変わらずスラリとして背が高い。だけどキリッとした目に落ち着いた表情は、高校生だったあの頃とは違い、大人の風貌をした男性になっていた。
突然の対面に、私の心臓はドクンドクンと鳴り響く。



