駅の改札から出た先は一面銀世界だった。
 久しぶりに見る積雪量に、私は思わず溜息を吐いてしまう。
 この町では当たり前だった雪景色。
 しかし十年振りにこの町に帰ってきた私には、驚きと気鬱さしか感じなくなっていた。

 この町を出た十八歳の自分に不甲斐ない未来の姿を謝り、降りゆく牡丹雪を眺めながら歩くこと五分。
 一つの建物の前に辿り着く。
 ここは、この町唯一のグランドホテル。
 冬の終わりである本日、パーティ会場の一室で高校の同窓会が執り行われる。
 きっかけは、生徒不足により母校が廃校になるからだった。

「……綾子?」
 私を呼んでくれる懐かしい声に、私の心はギュッとなった。

「元気だった?」
 幼馴染の朱莉(あかり)直美(なおみ)が、声をかけてくれた。

「もー! 全然連絡取れないんだから! 心配してたんだからねー!」
「まあまあ、今日は来てくれて良かった!」

「ごめんね。連絡ありがとう」
 謝りつつ、あの頃と変わらない二人の姿に私の目頭は熱くなる。

「行こう!」
 私は二人に連れて行かれ、会場に行く。

 ふっと目をやると、同級生達の中に見覚えのある背中が一つ。
 誰なのか、すぐ分かる。
 だって、ずっとずっと見つめていた背中だったんだら。
「あ……。他のクラスの子にも挨拶してくる?」
 朱莉と直美は声を裏返らせ、必死に話題を変えようとしてくれる。
「ありがとう。でも終わったことだから」
 私は口角を上げ、にっこり笑う。

 ごめんね。気を遣わせて……。
 そう、心で呟きながら。

「……ごめん、来ないと聞いていたのに……」
 同窓会に誘ってくれた二人は、バツの悪そうな表情を見せてきて。その様子から、今までもたくさん気を使わせてきたのだろう。

 だから私は先導して歩く。
 十年前の十八歳で散った恋。
 その想いはとっくに枯れ果て、何も残ってなどいない。
 何も……。

 すると彼は、何かに引き寄せられるかのようにこっちに顔を向けてきた。
 それは高校生だったあの頃とは違い、大人の風貌をした顔付きになっていて。
 そして、突然の対面に私の心臓はドクンドクンと鳴り響く。

「元気だったか?」
「うん……」
 私は小さく頷く。
 しかし、これに続く言葉が出て来ない。
 口を開けば、十年前のことを責め立ててしまいそうで怖かった。

 荻野(おぎの)拓也(たくや)
 拓也と一緒に居た正樹(まさき)大和(やまと)を含め、私達六人は幼稚園からの幼馴染。
 そして拓也は、高校時代の三年を過ごした元彼だった。
 何故別れたかというと、私が……。

 察してくれたのか、間に入ってくれたのは朱莉と直美。
 綾子は夢を叶え、東京でファッションデザイナー事務所に勤めている。雑誌にも紹介されたこともあり、センス良いと話してくれた。
 ……ありがとう。でもね。今の私は……。

「……それより何か食べないか? 取ってくるから」
 拓也は一言呟き、私から明らかに目を逸らしてきた。
 私の話なんて興味ない。そう言いたげな表情で。
「……そうだな。適当に見繕ってくるから待ってろ」
 拓也と一緒にいた、正樹も大和も一緒に離れて行く。

 助かったと思ってしまった私は、最低だろう。
 二人は気を遣って言ってくれているのに、それを無下して否定もしなかったんだから。

「ほら」
 ぶっきらぼうにお皿を差し出してきた拓也。
 そこには私の好きな食べ物ばかり。
 覚えてくれていたのだと気付いた私は、思わず拓也の顔をまじまじと見つめてしまう。
 変わってしまったと思っていたけど、照れた時に目が泳ぐ癖は変わらないみたい。

「……綾子。二次会行かないか? 大和の店だから、融通きくって」
「え?」
 大和を見ると、 小さく手を振ってくれる。
 子供の頃と変わらず、気の良い幼馴染だ。

「みんな綾子を心配していたんだから」
「拓也は?」
「一ミリだけ」
「何それ! ……うん」
 小さく頷いていた。

 すると拓也は、あの頃のように ふにゃと笑う。
 ……その顔はずるいよ。もう。
 そう思いながら、お皿を受け取ろうした時。

「あ、拓也くん」
 隣のクラスだった女子達が拓也に話しかけていた。
 その感じから、その後も交流があったのだと察せられる。
 邪魔してはいけないとお皿を受け取り少し離れると、
その声は聞こえてきた。

「お見合いしたって本当?」

 え?
 その言葉に、私の思考は停止した。

「……いや、その」
 煮え切らない態度に私は確信する。
 そっか。そうだよね。

 チラッと見た拓也はやっぱり変わっていて、もう私の手が届かないところまで行ってしまったのだと気付いた。
 やっぱり帰って来なければ良かった……。