「はぁ……」

 お茶会から、三日後。

 十夜は、オフィスの執務室でため息をついた。なんといっても、伊織が任務に赴くことになってしまったのだ。
 十夜は反対したが、押し切られてしまった。押し切られたことに理由は、まあある。あまり危なくなさそうだということが一つ。もう一つは、双馬と兎崎がともに行くとのことで、ミナが喜んで伊織に抱きついた後、伊織が急にやる気になってしまったのだ。

 もうすぐで、任務決行日だ。
 しかし、その日は九頭竜財閥の決算日に向けての調整があり、十夜はついていくことができなかった。
 まあ、子牛一頭程度なのだ。下位の家ひとりでも対処できそうな所を、双馬も兎崎もいる。手厚いサポートだ、と十夜は思った。

「あのー。十夜さん、手が止まってますよ。このペースじゃ、書類が間に合いませんよ」
「啓吾、いたのか」
「朝からいますよ」

 大量の書類を抱えた啓吾が言った。十夜は少し考えると、

「巳沼の蛇式神を伊織につけろ。……百体で足りるだろうか?」
「おれの生気は枯れちゃいますし、伊織さんは蛇使いになっちゃいますよ」

 言いながらも、啓吾は、蛇式神をひとつ付けると約束した。


        *     *     *


 任務当日の朝。
 伊織たちを乗せた車は、山道をガタガタと走る。

「伊織ちゃん、はいこれ! あ~ん」
「ありがとうございます……」

 伊織の目の前に、ずいっと鈴カステラが差し出される。隣に座ったミナが、フォークを動かし、伊織の口へと放り込む。これでもう、五度目だ。

「たくさん食べてくれて嬉しいです~♪」
「ミナ、手作りのお菓子なんてやめなよ。嫌でも嫌って言えなさそうじゃん。特にこの人」
「だ、大丈夫です。美味しいです……ミナさん」

 草太がため息をついて、伊織は肩を縮めた。
 ミナは頬をふくらませると、

「『さん』はやめてくださいよ! ミナたち、お友達じゃあないですか! 『ちゃん』でいいですよ!」
「えっ、と……」

 今まで、そんな風に呼んだことのある人はいない。少し、鼓動が速くなる。

「は、はい……。ミ、ミナちゃん……」
「うふふっ! はーいっ!」

 ミナはにこにこと笑って、伊織はほっとした。

「いいねぇ」と言って、満成が手を出した。

「ミナちゃん! オレにもちょうだい!」
「いいですよ、おひとつどうぞ! ……でもあとは全部伊織ちゃんのものですから!」
「え~っ!? 贔屓だ!!」
「あははっ!」

 その様子を見て、伊織もくすり、と笑った。

 任務地までは、車で五時間の距離だという。日帰り予定のため、伊織たちは朝早くから出発していた。

(まさか、実家をでて、こんな風に他の家の人と交流するなんて……)

 伊織は、車内を見た。前から、満成、草太、ミナ、伊織、の順で座っている。ちなみに、運転手は双馬の使用人らしい。

 車内では、ほとんどミナが喋っていた。

「それでですねっ! その時の彩女さまがかっこよくてっ、ミナ、一生ついて行こうって思ったんですっ! 彩女さまのためなら、なんだってできちゃいますよ!」
「ミナちゃんは、本当に彩女のことが好きだねー」
「はいっ! 許されるなら、〝お姉さま〟って呼びたいくらいですよっ! でも、お名前呼びっていうのも、お友達の特権って言うかっ!? 」

 ミナと満成がそう話して、草太が伊織を少し気にしたそぶりで言った。

「……ミナはいつもこうなんだ。気にしないで」
「は、はい……」
「あ、ミナは、伊織ちゃんとも仲良くしたいって、思ってますからねっ!? 」

 ミナが慌てた様子で、伊織の手を取る。

「だ、大丈夫です……」

 そうは言いながらも、この任務を直々に指名してきた彼女のことを思う。

(彩女さま、か……)

 ミナたちの様子を見るに、みんなに好かれていて、美しい人格者……のような印象を受ける。

(……もしかしたら、十夜さまも……? …… )

 ――ううん、考えないように、しなくちゃ。

(えぇと、そう。妖怪退治の任務、なんだし……)

 無理矢理、違うことを考える。しかしこれも、伊織にとっては苦い記憶だった。梨々子の顔がちらつき――伊織は頭を振った。

(大丈夫。梨々子は……いないんだから……)

 車窓を流れる景色は明るく、良い天気だ。わざわざ暗いことを考えなくても、いいはずだ。

 ミナはごろごろと、まるで犬のように――兎なのに――人懐っこい。
 彼女は車内で暇な時間、伊織に手遊びを教えた。

「今のが『アルプス一万尺』ですよ! 覚えましたか!?」
「は、はい……。おそらく」
「まぁ、間違えてもいいんで! やりますよーっ!」

 ミナはにこにこ笑いながら、伊織と手を合わせる。
 伊織は、今まで姉妹でそのような遊びをしたことがなかったので、すべてが初体験だった。

「わっ……わっ……!?」
「二万尺もいきますよ!」
「手が次はどこへ……!?」
「できてますよー!」

 前の座席から、満成が顔を出した。

「伊織ちゃん、女の子の友達ができて良かったねぇ! 嬉しいでしょー!」
「は、はい……」
「きゃーっ! ミナも嬉しいですっ!」

 ぎゅっと、合わせた手が握られる。その手が温かくて、伊織は小さく微笑んだ。


 
 やがて車は、昼すぎに任務地へと到着した。
 岐負(ぎふ)日騨(ひだ)市の山間を抜けると、なだらかな盆地が広がっている。予言に従って、一行は村はずれにある南条家を訪れた。家主の男にたいそう感謝されながら、牛舎の前へと案内される。そこには、柵に囲まれた広い放牧地があり、中には走り回る一頭の子牛がいた。もう三日は眠らずに走り回っているといい、これに怯えて他の牛たちが放牧地に出ないのだという。

 ミナが言った。

「羊垣内家って、呪符を使うんでしたっけ? 操ってドーンで催眠術ですか?」
「えっと、……父と妹は使いますが、わたしは、その……」

 使えなくて、と言おうとしたが、

「えーっ! 呪符がなくてもできるってことですかぁ~!? すごいです~!!」
「……!」

 ――そう言われるとは、思ってもみなかった。

 伊織は柵に近付くと、暴れ牛に向かって手をかざす。

 そして――、

「……あれ……?」

 なにも起きなかった。

 伊織の顔が、青ざめる。背中に刺さる視線が、気になって仕方がない。

(どうしよう……。どうして? 最近ずっと、毎日使えていたのに……!)

 何度やろうとしても、いつものような光は現れなかった。

「す、すみません……」

 伊織が謝ると、草太はズボンのポケットに手を突っ込み、「やれやれ」と言った。

「さすが羊垣内家の落ちこぼれ。力が使えないって本当だったんだ――あ痛 」

 満成が、草太をぽこりと殴った。

「まあ、そんな時のためにオレらも来てるんだよ。伊織ちゃんは下がってていいからねー」
「す、すみません……」

 伊織は後ろに下がって、家主――南条の近くに立った。
 満成が笑顔で振り返る。

「大丈夫だって! 睡眠薬持ってきてるし! うまく口に放り込めれば、終わりだから!」
「はい! ミナも援護しますよーっ!」
「あれ……?」

 元気に笑う皆の後ろに、なんだか黒いものが見えた。――それは、ボコボコと膨れ上がってゆく、子牛の姿だった。

「みんな……!」

 伊織は、叫んだが、喉が震えて掠れた声になった。
 子牛は、いつの間にか五メートルの巨体になって、彼らを見下ろしていた。



 ――それから、二時間が経った。

 牧草はえぐれ、土煙が上がる。

「全っ然っ! 倒れないねー! 元気だー!」
「簡単な任務だって聞いてたのにさぁ! 骨が折れるなぁ! まったくもう!」
「また増えましたよっ!」

 黒牛はボコボコとした黒い肉塊を纏い、荒い息をした。黒牛の肩から黒い液体が垂れ、地面に落ちるとスライムのように単独で蠢きだす。それらは数を増やし、放牧地中に黒い肉塊が蠢いている。

 眠らせれば済むらしいとはいうが、最初にできなかったことが悔やまれる。
 あれから、タイミングを見計らって何度か手をかざしてみても、伊織の能力は上手く発動しなかった。

 満成と草太が戦闘をしている間に、伊織とミナは家主の南条を含む一般市民を隣村に誘導した。幸い、この牛舎は村はずれだったため、人的被害は防げそうだった。
 満成が黒いスライムを蹴ると、それはパァンと弾けて消えたが、すぐにまた次が湧いて
くる。

「しつこいなぁ!」

 満成は苦笑いをして、汗を拭った。
 本体の黒牛が走ってきて、草太はそれをよけながら言った。

「僕らだけじゃ無理だよ! 一旦撤退した方がいい!」
「でもさ、今はオレらが抑えてるからここにいるけど、オレらがいなくなったらすぐに逃げちゃうんじゃない?」
「それは……!」

 そう言うと、草太はちらりと伊織の方を見た。伊織はビクリとして、

(わ、わたしがうまくできなかったからだ……。どうしよう……)

 思わず一歩、後ずさる。

(最初はまだ普通だったのに。最初にわたしができていれば……!)

 その時、目の前を黒い滴が横切った。
()(いわ)(たて)!!」
「きゃっ!?」

 ぐいっと引っ張られて、伊織は地面にしゃがむ。現れた盾の陰に隠れるとすぐに、盾に衝撃音と、黒い液体が飛散するのが見える。黒いスライムが飛び跳ね、こちらに向かってきたのだ。

 助けてくれたのは、ミナだった。頭には、兎の耳が生えている。

「大丈夫ですかっ!? 伊織ちゃん!!」
「は、はい……っ!」
「放牧地の柵が壊れちゃいそうですね! もう少し下がりましょう!」
「す、すみませんっ」
「いいから!」

 ふたりは放牧地の柵から離れようとする。
 その時、轟音が起こった。

「地震……っ!?」
「なに!?」

 ガタガタと地面が揺れ、足元にバキバキとひびが入る。

 そして、
「崩れるぞ!」
「落ちる!」

 地面は陥没した。



(痛い……)

 朦朧とした意識の中、手で体を押し上げようとして、伊織はざらりとした砂と小石を掴む。背中から落ちたのか、背骨が特に痛む。手足には切り傷もあるようだ。
 ズキズキとした痛みの中体を起こすと、段々と意識が戻ってきて、伊織は細く目を開ける。

「これは……」

 そこは、地面が陥没してできた、穴の底だった。地上は遠く、穴の深さは伊織の背丈の何倍もあり、すぐによじ登れる高さではない。崩れ落ちた土砂とともに、伊織は座り込んでいた。

「伊織ちゃーん!」
「おーい! 大丈夫ー?! 」

 上から声が降ってきて、見ると、ミナたち三人の姿があった。

(みんなは上にいるんだ……。良かった……)

 直前でちゃんとよけたのだろう。陥没に巻き込まれたのが自分だけだとわかると、伊織は胸をなで下ろす。
 ミナたちはすぐに、なにかをよけるような仕草をして、そのまま穴からは見えなくなった。上で戦闘が続いているに違いない。

(それに比べて、わたしは、やっぱりとろくさくて、役に立たない……)

 足を引っ張ってばかりだが、なんとか脱出しなくてはならない。伊織が足場になりそうな壁を探しているときだった。
 カタ……と音がして、伊織は音のした方を向く。土砂が山のようになっているところがあって、その山から、小石が転がり落ちたのだ。

(――ううん、あれは小石じゃ、ない)

 転がり落ちたのは、黒い滴。動いたのは、土砂の山。ただの山じゃない。中に、いるのだ。それが揺れて、今にも中から飛び出そうで、伊織は、それから距離を取る。穴の広さはそこまで広くないので、十歩も下がると壁にぶつかった。

(どうしよう……)

 足が、すくむ。
 土砂の山の頂上が割れて、そこから、二足歩行になった黒牛が現れた。それに最早子牛の面影はない。ボコボコした筋肉が、時折蠢いた。

「グオォオォオォオォオォッ」
「ひっ……!」

 雄叫びを上げると、それは伊織に向かって突進してきた。あまりにも速く、よけようとしたが、

「うぁっ……!」

 伊織はダァンと岩肌に叩きつけられて、呻き声をあげた。
 黒牛は、岩壁にめり込んだ角を引き抜こうともがいている。

(立ち上がらないと……。直撃したら、これ……)

 あの角で引き裂かれると思うと、ゾッとした。
 でも、もう体中が痛くて、立てなくて。

 ――そんな時だった。

「伊織!! 無事か!?」

 自分を呼ぶ彼の声を聞いたとき、はじめは幻聴だと思った。

 でも、崩れた崖を駆け下りてくる青年の姿が目に入り、それが十夜だとはっきりわかった時――夢でもいいから、駆け寄りたい気持ちになった。

 体を起こしたが、足にうまく力が入らない。

「十夜さま……」
「伊織! ……!」

 十夜は、こちらへ来ようとして、黒いスライムに邪魔をされ、それをバチンと右腕で弾き飛ばした。

「一掃してくれる!」

 十夜の右腕が、ぐんと大きく、白龍の腕となる。その周りを、パチパチと電流が流れた。

「はぁっ!!」

 叫びながら、電流を纏った腕 を一振り。
 バリバリッ!! かまいたちのような電撃が、巻き起こる。
 黒いスライムと黒い滴は、切り裂かれ消滅した。
 新たな祓い屋を認めると、黒牛は雄叫びを上げ、十夜に向かって突進しだす。

「グオォオォオォオォオォッ」
「貴様っ! よくも伊織を……っ!」

 十夜が、姿 勢を低くし、迎え撃つ構えをとる。黒牛は突っ込んできたが、十夜はそれを右腕で受けると、そのまま薙ぎ払う。黒牛は数メートル吹き飛び、岩肌に打ち付けられた。十夜は、青い電流を纏った腕を、黒牛に向かって突き出す。

「はぁっ!」

 ドォン! バリバリッ!――穴の中に雷鳴が轟く。青い電撃が雷のように黒牛に直撃した。そして、黒牛はその場に崩れた。


「伊織っ!! 伊織っ!! 痛むかっ!?」
「十夜さま……!」

 十夜が駆けてきて、座り込んだ伊織をぎゅうと抱きしめた。彼の匂いがして、もっと力強く抱きしめられる。この腕の中にいるのだと思うと、嬉しくなって、伊織はさらに顔をうずめた。目の前が十夜でいっぱいになったことで、ようやく緊張から解放され、脱力することができた。
 十夜は、伊織を抱いたまま言った。

「すまなかった……! こんな危険な任務だとわかっていれば、絶対にお前を行かせたりは、しなかったのに……!」
「十夜さま……。いえ、わたしが、役に立てなくて……。それで、みんなが、大変なことになってしまったんです……」
「そんなことない……! お前が役立たずなんてこと、絶対にない!」
「十夜さま……。そう言い切ってくれるのは、あなただけですね……」
 十夜の瞳が潤んだ気がして、伊織は手を伸ばした。その手が、ひしと握られる。そして、その手は十夜の頬に当てられた。
「帰ろう」
「はい……」

 その時、倒れていたはずの黒牛が、びくびくと痙攣した。そして、ぐぐっと起き上がろうとし始める。

 伊織の脳内に、彩女の予言が思い出される。

 ――穏やかになった後 元の牛にもどる 鍵は眠り羊なり――

「……っ!」

 今日一日、何度やってもダメだった。そのせいで、みんなに迷惑を掛けた。だけど、ど
うかもう一度――……。

(眠って……!)

 黒牛に向かって、伊織は手を伸ばす。すると、手のひらから細長い光の筋がゆらりと伸びて、黒牛の周りを漂う。そして、黒牛は再び倒れたかと思うと、姿が縮み、小さな一頭の子牛に戻った。

 横になった子牛の腹は上下し、寝息が聞こえ出す。

「……でき、た……」
「伊織、お前……」
「良かったです、十夜さま……。これでわたし、……少しは、お役に……」

 そこで、伊織の意識は途切れた。



 気絶してしまった伊織を抱きかかえ、十夜は陥没した穴を出た。

(伊織……。すまなかった……。こんな目に遭わせてしまうとは……)

 穴の中では、草太とミナが子牛を運び出そうと奮闘している。
 地上に上がると、大きく手を振りながら満成がそばにやってきた。白衣は泥まみれになっているが、表情は明るい。

「とーやくん! お疲れ! 来るとは思ってなかったけど、助かったよ! オレらの二時間を返してー。なんちゃって!」
「伊織を早く治療しろ」
「そんなぁ! オレだって結構ボロボロなんだよ? 命に別状がないなら、疲れ切ってるオレじゃなくて、他の双馬にやらせて欲しいよー」
「……命に別状がないなら、お前がやれ」
「えーん。スパルタだよぅー。ま、伊織ちゃんはオレの患者だしね☆やるよ☆」

 満成がそうおどけると、十夜はギロリと満成を睨んだ。

「取り急ぎでいい。あとは双馬の婆さんに診てもらう」
「冗談だって! 頭京に帰ったら、みんなで婆さまに診てもらうよ! それまでは、オレが繋ぎねー」

 満成は、そう言って、ケラケラと笑った。



 歩きながら、十夜は、後悔の念に駆られていた。
 腕に抱きかかえた伊織の顔を、見る。彼女は、青白い顔で目を瞑っていた。
本当は、「何のためにお前たちがいたんだ」と満成たちを怒鳴りつけてやりたいくらいだった。だが、現地に行かないとわからないことがあるのも、事実であり、それは十夜もよくわかっていた。だから、その気持ちは飲み込む。

(俺が最初からついていれば、こんなことには……。いや、今は伊織の治療が優先だ)

「もう、大丈夫だからな」

 十夜は、伊織の体を強く抱きかかえた。



 牛舎の持ち主の南条家で一室借りて、満成は伊織に簡単な治療を行った。一般の治療のように傷口を手当てした後、能力のかかった軟膏を塗って、怪我が早く治るようにする。
 その間、十夜はそわそわした様子だったが、ようやく終わったと聞き、すぐに伊織を抱き上げた。
 満成が、座ったまま十夜を見上げた。

「……ねー。聞いていい? 此処まで、頭京から車で五時間なんだけど、どうしているの? オレは確かにウチに救援を頼んだよ。二時間前かな。アレが巨大化して、すぐにはしたさ。でもさ、その連絡を受けてからにしては、ずいぶん早くない? 二時間で来れるわけがないし」
「…………」

 十夜は、返事をしなかった。

 あれから――伊織が出発して、……なにも手に付かなくなって、十夜はすぐに後を追って出発した。 日騨に着いてからは、伊織に付けた蛇式神のおかげで、おおよその位置を割り出したのだ。そうして、ギリギリのタイミングで救出することができたのだった。

 満成は、「はぁ、やれやれ」と大袈裟に首を振ると言った。

「――彩女に、なんて言うの?」
「後で考える。今は、それどころじゃない。伊織は俺の車で連れて帰る」

 十夜はそう答えて、伊織の顔を見た。今は、眠っているようだ。気を失った直後よりは幾分かマシに見えた。彼女の柔らかな髪が、ふわりと十夜の手をくすぐった。
 十夜は九頭竜家の車に伊織を乗せると、頭京の双馬の病院へと向かった。


        *     *     *