やがて十夜を乗せた車は、討伐要請の現場へと到着した。
「さて……」
人だかりが出来ている。双馬と思わしき人々が数人戦闘にあたっていたが、そのうちのひとりが十夜に気がつくと、戦闘を中断させた。
遠くからでも分かる。双馬満成だ。今日も白衣を着て、肩につきそうな髪を後ろで結んでいる。
「とーやくん! 来てくれたんだね!」
「状況は?」
「あれー? 今日は眠そうじゃないね。どしたの?」
満成はそのまま会話を続ける。
十夜は、他の双馬の様子を見て、
(なるほど、攻撃的な妖怪ではないということか)
少し安堵する。
(あまり時間はかからなさそうだな)
「とーやくん?」
「ん? ああ、寝たからな」
「……めずらしーね」
「いつも通りだ。――状況は?」
もう一度聞くと、今度は答えが返ってきた。
「あの黒いのが、井戸に住み着いたんだって。近付くと攻撃されるよ。何度か踏んだりすると消えるんだけど数が多すぎるし、すーぐ密集しちゃうんだよ。ほら、オレらって戦闘系じゃなくて、本当は救護系じゃん? 戦闘向きじゃないんだよ」
「はぁ」
目の前には、生活用の井戸がある。その井戸のまわりを、黒いものどもが蠢いていた。小さな妖怪だ。うごうごと動き回りつつも井戸から離れないそれらは、大きさは小さいけれどたしかに数が多い。
「ふん……」
十夜は井戸に近付くと、双馬をさがらせた。
そして――
腕を一振り。
ゴォッ
っと熱風の斬撃が発生し、妖怪どもを簡単に切り裂いていく。
何度かの素振りの後、井戸のまわりにいた妖怪どもはいなくなった。
「ひゅう。オレらの一時間を、三分で超えたね。こわ~」
満成の発言を十夜は無視した。
野次馬をしていた村人からも、わぁっと歓声が――いや、黄色い声が上がる。
「きゃー! 素敵ー!」
「今の人、かっこいいー! 一撃じゃん!」
「あれってもしかして九頭竜家の若さまじゃない? こないだ雑誌に載ってた……」
「えー! やばー!」
そして村娘たちは円になってこそこそと話し――やがて一番美人の娘が前に出てきた。
「ありがとうございます! おかげで助かりました!」
「そうか。もう大丈夫だろう」
「あの! お礼をしたいのですが……! ぜひ、家へ!」
「必要ない。では気をつけて」
「あ、はい……」
十夜は、満成に向き直った。
「他の出現位置は? さくっと終わらせよう」
「さすがだねー。そして、いつも通りモテるし、いつも通りさっぱりしてるねー」
「いいから。他の出現位置を教えろ」
「はいはいっと」
十夜は、満成から情報を聞くとさっさと車に戻る。
九頭竜家の次期当主である以上、女から声がかかるのはよくあることだ。
しかし、いつもはこのように、あまり近付かないようにしてきた。
(人々を助けることは義務だ。だが、こういったことは面倒くさい……)
先ほどの村娘が美人だったかどうかなど、十夜には関心がまるでなかった。むしろ、もう顔を忘れた。
しかし、
(今のが、……伊織嬢だったら。どのように言うだろうか)
眉を下げた、弱々しい笑い方。
彼女がもし、もう少し笑えたなら――。
十夜は、動き出した車の窓辺に、肘をついた。
「どう思う? 満成」
「……兄さん。どうもこうも、喜ばしいことじゃない?」
去って行く車を見送りながら、満成は言う。
「オレは、とーやくんは彩女と婚約すると思ってたんだけどな」
「”虎”か……」
そう双馬伴成が言った。
満成は、もう見えなくなった車のあとを見たまま、続けた。
「彩女に言った方が良いかな?」
「……まだどうなるか分からないぞ」
「”羊”だしね。羊は弱いからなー。でも、」
そこで満成はニコ、と笑った。
「オレなら、いつでも治してあげられるんだけどなー」
「満成、お前……」
その時、双馬の車の方から声がした。
「おーい、みんな、次のポイントへ移動するぞ! 乗れ乗れ!」
「はーい」
「…………」
双馬たちは揃って、車へと向かった。