「こっちでいい? 」
「はい、大丈夫です」
ついこの前までろくに話したことのなかったそうさんと肩を並べて他愛のない会話をしている。
不思議で仕方ない。
空気に2人分の白い息がふわっと上っていく。
コンビニでお酒を数本買って飲みながら歩いた。
お酒のせいかそうさんは沢山お話してくれて、自然に笑顔になる。
親が過干渉でうざいとか、大学の友達が彼女作ってうるさいとか、よくあんな丁寧に接客できるよねとか、他にも沢山。
そうさんの好きな食べ物はカレー。
嫌いな教科は全部。
こう見えて実はずっとフル単だとか。
人見知りだから最初怖がられがちだけどただぼーっとしてるだけだから怖がり損らしい。
虫が苦手で虫は男が退治しなきゃいけない世の中を恨んでるという話は傑作。
休日はゲームか寝る。
ロングよりボブ派だと。
ひとしきりしゃべって、笑って。
寒いけど、寒くなかった。
「ちょっとそこのベンチ座ろ」
とそうさんが言うまでずっと歩き回っていた。
「疲れましたか? 」
「いや、疲れたっていうかさ」
1度スマホをみて「時間大丈夫? 」と聞かれたので「私は全然大丈夫です」と答えた。
「いやなんか、俺のことばっか話してるから。ふたばさんのこともしゃべってよ」
それは意外過ぎる言葉で。
私、自分のこと喋ってなかったっけ? と疑問に思うくらいには気にしていなかった。
酔ってフワフワした感覚に任せて喋ってしまう。
「私、口開くとネガティブな事ばっか言っちゃうんですよ。気遣わしちゃうから」
やば、ネガティブ発言。
そうさんの嫌いなタイプなのに。
そんな心配をよそにそうさんは自分の足に肘をおいて前かがみになった。
「いいよ。今日だけは聞いてあげる」
ずるい、いたずら気に笑って。
4年生の余裕ってやつですか?
でも、優しい顔だった。
何を話せばいいのか分からなくて「質問してくだされば、答えます」と探るように言った。
そうさんの”嫌い”なことを押し付けたくない。
「ぶっこんでもいいの? 」
「はい」
少し頭に”?”を浮かべて答える。
「生きてて、楽しい? 」
それは想定外の質問で1度咀嚼する必要があった。
「私、楽しくなさそうですか? 」
「うーん、楽しくなさそうっていうか。今楽しそうなふたばさんを初めて見た」
そう言う事か。
空気を重くしないためにはどうやっていうのがいいんだろう。
「正直に言いなよ。嫌いになったりしないから」
そうさんがこんな人の気持ちを汲み取るタイプだという事に驚きながらグッとお酒を流し込んだ。
手探りで甘えてしまう。
「楽しく、無いです」
「だろうね。いつも苦しそう」
”苦しそう”か。
なんで、分かるの?
「バイトでも何言われてもちゃんとニコニコして。人が幸せならそれでいいみたいな感じする」
そんな優しいものではないよ。
「そういう振り、してるだけです。ほんとは全部自分のため」
そうさんは無言で続きを促す。
「私、誰かの1番になりたいんです。誰かに認めてもらってないと生きてる実感わかなくて。誰かの1番になるために手段を選んでないだけなんです」
ピュッと季節にあった冷たい風が頬を突いた。
でもそれ以上にそうさんの目も私をまっすぐ突く。
「でもそれでどんどん自分が苦しくなるんです。あの子は努力してないのに人から頼られてるとか、私の方が頑張ってるのになんであの子の方が幸せそうなの? って他人と比べて。もっと頑張らなきゃってさらに自分を追い込むんです。だから生きていくうえで非効率ですぐ限界がきちゃう。こないだ、大学の友達が”大事な用事が入ったから出席任せた”って言ってきたんですよ。SNS見たら、内定もらえたお祝いに彼氏から高いネックレスプレゼントしてもらってて。私には何もないのに。こうやって思ってしまうのも嫌なんですけどね」
「その気持ちをどうやって発散してんの」
どう、か。
「発散、できてないかもしれなです。ごまかすんですよ。いわゆるエモい曲とか感動する曲とかを片っ端から聞いて妄想するんです。沢山泣いて、それで”偉いね” ”頑張ってるね”って言ってぎゅってしてもらうことを。気持ち悪いですよね。でもそうやって妄想の自分に変わって泣いてもらうんです。後は、ぬいぐるみ抱いて寝たり。とりあえず誰かに包み込んでもらってることを妄想するんです。キモいですけど、結構、効果ありますよ」
また、冗談っぽく言って自分の気持ちをごまかしてしまう。
「彼氏ほしいとか思わないの? そういうの彼氏にやってもらえばいいじゃん」
またまっすぐ私を突くそうさんにはそのごまかしが意味をなしていなかった。
おのずと本音が連なる。
「彼氏居ればなって思うことは沢山あります。でも、今まで友達とかだった人と付き合って、喧嘩して、嫌われるのが怖いんです。じゃあ、仲のいい友達でずっといてほしいって思っちゃって。そういう行為でごまかしの効く感情でもないから」
そういうとふーんとベンチに背中を預けた。
意図せずに同時にまた、グッと缶を傾ける。
「死にたくならないの」
死にたく、
良いのかな。この質問にどんな意図があるのか分からないけど。
ここまで来て嘘をつく気にもなれない。
「死にたいです。いつも」
この話をしていて初めてそうさんが私から視線を逸らした。
一抹の不安がよぎる。
お酒の力に頼りすぎた。
今まで面白話にしててきとうに話していたことを包み隠さずこんなにもべらべらと。
どう思ってるんだろ。
引いてる、よね。
そうさんは少し大きめに息を吐いた。
ため息とは違うそれをまたスッと吸いこちらを見る。
「今からめっちゃキモいこと言うから覚悟して聞いてね」
「は、はい」
そうさんは私の返事を見てゆっくり体をこちらに向けた。
「今、今日、この時間だけふたばさんの彼氏になろうか。嫌だったら全然いいんだけど」
まっすぐ見て、言った。
「泣いてみなよ」
いつもの調子と変わらないはずなのにその言葉が私の手を引いて。
口が、開く。
「別に特別辛いことがあったわけじゃないんです」
「うん」
「皆と同じように生きてるはずなんです」
「うん」
「ただ小さい頃から不器用で友達が居なくなってしまうことが多くて、それが知らない間にトラウマになってたんです。毎日人の顔色伺って、気を使ってって生活を続けると慣れてるはずなのに夜、どっと疲れちゃって」
「そうなんだ」
「20歳にもなってこんなことで悩んでるって馬鹿馬鹿しいですよね」
「何でよ。別に歳とか関係ないでしょ」
「私なんかが世界に被害者ぶっても誰も気にかけてくれないって、むしろウザがられるって思ってたんですけど....」
「うん」
「こんな私でも、辛いって泣いていいですか....? 」
訪ねておいて、最後の一言で涙が零れ落ちてしまった。
そんな私を見てそうさんは少しだけ目を細める。
私の手からお酒を離して、自分の缶と一緒に置いた。
そして小さくゆっくりと手を引く。
慣れない手つきで私の背中に回してくれた手にキュッと力がこもった。
「意外と近くに味方いたな。ちゃんと見てるよ頑張ってんの」
そうさんの細い腕からは想像できない程の安心感。
ちゃんと、見てくれてる人がいた。
私こんなにボロボロだったんだ。
そうさんの”今だけ”っていうのは私の言葉をくみ取った気遣いだと、変にネガティブに考えることなく受け取れた。
私に必要なのはほどよい距離感。
今まではずっと、自分は誰よりも頑張ってないとダメって思ってた。
大人になるにつれて今まで漠然としていた自分の気持ちを客観視して辛くなっていた。
”大人でも泣いていい”
それを今日そうさんが教えてくれた。
4年生のそうさんはもう少しでバイトを卒業してしまう。
彼氏じゃないからバイトでできた関係はバイトで終わる。
そうさんは東京の会社に内定をもらっているらしいから卒業してしまえば、もう会うことはない。
「卒業されても、たまに連絡していいですか」
そう言おうとして、やめた。
この関係は今日この時間限りのお酒の力を借りた特別なものだから。
溢れそうな”好き”もそっとしまって。
大切にしよう今のこの気持ちを。
忘れないでおこうそうさんがくれた言葉たちを。
そして、そうさんたち4年生の送別会の後。
「今まで、ありがとうございました」
あの日話したベンチに1人で座って。
私は、そうさんの連絡先を消した。
”そうさん、大好きでした”
その気持ちは明日への1歩に。
前を向いて踏み出した。