バレンタインセールはそんな私に鞭を打つように凄い量のお客さんを流し込んだ。
 いつもよりはるかに長い待ち列に焦って仕事も端的になってしまう。 
 お客さんからの「早くしてよ」という圧に負けそうになっていた時だった。

「僕ですか? 食べたことないっすね」
 
 隣のレジから”普通”の会話が聞こえてきた。
 ちらっとみるとそうさんがおばさんに絡まれている。
 私だったら早くどいてもらって次のお客さんを入れたいと思ってしまうのにそうさんはちゃんと会話していた。
「え~美味しいわよこれ。今度食べてみて」
「そうなんすね。食べてみます」
 また不器用に目を細める。
 その空間がなんだかすごく微笑ましかった。
 同時に自分の余裕のなさが恥ずかしい。 
 私も一呼吸おいて笑顔を作り直した。

「人やばいな 」
 いったんラッシュが終わってハーとため息をついていたら吐ききる前に言われた言葉。
 独り言かと思ったけどフイとこちらをみて言うから急いで返事をする。
「そ、そうですね。やっぱりバレンタインは違いますね」
 会話が続かない。
 いいな、さっきのおばさん。そうさんとなんなく会話出来て。
 そんな嫌な気持ちを隠すために口を開く。
「私、そうさんの接客好きなんですよ。優しくて」
 妙に”好き”という言葉にマーカーが引かれて踏み込みすぎたとすぐに後悔。
 でも
「え、嘘。俺の接客やばくね? 」
 気にせずまた”普通”の会話をしてくれる。
「逆にさ」
 そう続く言葉に少し首を傾げた。
 
「ふたばさん、接客めっちゃ丁寧じゃね? 俺結構尊敬してんだけど」

 え、え?
 ソンケイ?
 そうさんが? 私を?
 思いもよらなすぎる言葉に頭の中の辞書から言葉を引っ張ってこれない。
 そんな私に
「俺も見習わなきゃなーってちょっと参考にしてる」 
 笑顔はないのにその言葉たちに救われる。
 最近、心が疲弊してすさんでたからかな。

 調子にのらないようにへへっと笑って「バレンタイン、何かもらいましたか?」とチラシを見上げて言った。
 正直会話が続いてくれれば今は何でもよかった。
 お客さんが来るまで。
「もらえてそうに見える? 俺には無縁の行事だよ。そういえばバレンタインって男から女の子にプレゼントする国もあるらしいよ」
 なんか聞いたことがある気がする。
「じゃあ、なにかプレゼントくれますか」
 冗談だと通じているのかな。
 通じてなかったら死にたくなるけど。
「ここ日本だから」
 そうからかわれた後
「いいよって言ったら何欲しいの」
 その問いに心臓がドキッと大きな音をたてた。
 その顔はいたずら気で余計に心拍を早める。
 
 いいよね。冗談だもんね。きっと今なら、本心を織り交ぜてもバレない。

「そうさんとおしゃべりする、時間が欲しいです」

 冗談だよ?
 冗談なのに目線が下がって手が震えるのはなんで?

「すみませんレジいいですか? 」
 答えは聞けないまま。今言った言葉をかき消したくなる。
 さっき褒めてもらった分意識してしまって多分いつもより丁寧な接客。
 品数はそんなに多くないのになんでか長く感じるのは今の話をうやむやにされるのが耐えられなかったから。
 冗談ですよの一言、言わせてほしかった。
「ありがとうございました」
 レジを終え、少し無言の時間が来る。
 あー時間巻き戻したい。
 そう思った時だった。

 「さっきの話さ、いいよ。俺今日暇だし。そこらへんほっつき歩こうよ」

 それは冗談の延長線上?
「ほんと、ですか? いいんですか? 」 
 また震える手を押さえてそう言った。
「こんな顔で冗談言わないよ」
 その言葉からバイトが終わるまでの1時間。
 正気ではいられなかった。
 そうさんの言葉1つ1つで一喜一憂する。
 なんでだろうと思ってみるけど多分答えは私の中で出ていた。
 それを自分で認めるのが怖いだけ。
 
 私なんかが人を好きになっていいの?