風呂にも入り、歯も磨いた。明日の準備も完了し、あとは眠って朝を迎えるだけ。部屋の灯りを消し、布団へ入ろうとしたところで、襖を開けて誰かが入ってきた。
廊下からの灯りが眩しく、また逆光になっているため誰かがわからない。祖父か、祖母か。声をかけようと口を開いたとき、先に相手が話しかけてきた。
「風呂にも入った。歯も磨いてきたぞ」
「……ここ、いろはさんの部屋じゃないですよ」
どうしてここに来ているのか。千早は頭を抱えた。
人の姿でいるのならば、いろはにも部屋を──ということで、柄を置いていた部屋をつい今し方割り当てたはずだ。
だが、いろはは千早の言葉など気にせず一つしかない布団へ入っていく。固まっている千早に対して、自身の隣をぽんぽんと叩いた。
「柄でいた昨日まで同じ部屋だったではないか。さ、千早も早く寝なければ。明日に響くぞ」
「あなたのせいで寝れないんですけど!」
両親の形見の指輪でいろはを呼べるようにもできた。これは常に身に着けるつもりだ。もちろん、こうして眠るときも。
離れていても何も問題はない。だから、部屋だって割り当てた。
それなのに何故、この刀剣は今ここで布団に入って横になっているのか。
早く出て行くように千早はいろはの左腕を引っ張るが、ぴくりとも持ち上がらない。逆に引き込まれてしまい、布団へ寝転んでしまった。
「わぁ!?」
「ほら、寝るぞ」
恥ずかしさから起き上がろうとするものの、がしりと左腕で肩を押さえられる。
顔が近い。身体が近い。何もかもが近い。頭の中が混乱するが、千早が寝転がったことに「いい子だ」といろはは嬉しそうだ。
寝転がしたのはいろはだと思いつつも、千早は自室に行かない理由を訊いてみた。
「最初は行ったのだ。ただ、あの部屋に一人は寂しくてな」
「寂しい、ですか」
「私自身も不思議だった。だが、よくよく考えてみると……景色を見るにしても、何をするにしても、私の傍には千早がいたなと思い出した」
確かにあの部屋は景観がいいが、柄だった頃のいろはでは窓の外を見ようと思ってもまず無理だ。何故なら、障子を開けなければならない。
あ、と千早は小さく声を出した。思い当たることがあったのだ。千早の様子に、いろはも笑みを零した。
「千早は毎日訪れてくれただろう? 外が見えるようにと障子を開け、部屋を綺麗に保とうと掃除もしてくれていた。話もしてくれていたしな」
話はしていたが、そのほとんどが弱音だ。しかし、言われてみれば、傍にいたのかもしれない。
何もなくとも、柄が置いてあった部屋に行っていた。障子を開け、景色を見て。掃除をしたあとは、ぼうっと何も考えずに過ごして。気が付けば畳に寝転がって昼寝をしていたこともある。
「……落ち着くなぁって、思ってたんです」
だから、よく行っていた。弱音だって吐いた。
いろはの左手が動き、頭に乗せられる。優しく、ゆっくりと撫でられ、今し方まであったはずの恥ずかしさはどこへやら。代わりに、心地いい眠気がやってきた。
瞼が重くなってくる。眠気に誘われるまま目を瞑ろうとしたとき、枕元に置いていたスマートフォンが短い鈴のような音を鳴らした。
誰かからメールが来たようだが、千早のスマートフォンに登録されている連絡先は少ない。同じ家にいる祖父母はまずないだろう。だとすれば──。
(伊織ちゃんかな。また明日……確認……)
あれだけ恥ずかしかったはずなのだが、やはり落ち着く。千早は静かに両目を閉じた。
「おやすみ、千早」
いろはの声に消え入りそうな声で「おやすみなさい」と呟くと、千早は深い眠りについた。
廊下からの灯りが眩しく、また逆光になっているため誰かがわからない。祖父か、祖母か。声をかけようと口を開いたとき、先に相手が話しかけてきた。
「風呂にも入った。歯も磨いてきたぞ」
「……ここ、いろはさんの部屋じゃないですよ」
どうしてここに来ているのか。千早は頭を抱えた。
人の姿でいるのならば、いろはにも部屋を──ということで、柄を置いていた部屋をつい今し方割り当てたはずだ。
だが、いろはは千早の言葉など気にせず一つしかない布団へ入っていく。固まっている千早に対して、自身の隣をぽんぽんと叩いた。
「柄でいた昨日まで同じ部屋だったではないか。さ、千早も早く寝なければ。明日に響くぞ」
「あなたのせいで寝れないんですけど!」
両親の形見の指輪でいろはを呼べるようにもできた。これは常に身に着けるつもりだ。もちろん、こうして眠るときも。
離れていても何も問題はない。だから、部屋だって割り当てた。
それなのに何故、この刀剣は今ここで布団に入って横になっているのか。
早く出て行くように千早はいろはの左腕を引っ張るが、ぴくりとも持ち上がらない。逆に引き込まれてしまい、布団へ寝転んでしまった。
「わぁ!?」
「ほら、寝るぞ」
恥ずかしさから起き上がろうとするものの、がしりと左腕で肩を押さえられる。
顔が近い。身体が近い。何もかもが近い。頭の中が混乱するが、千早が寝転がったことに「いい子だ」といろはは嬉しそうだ。
寝転がしたのはいろはだと思いつつも、千早は自室に行かない理由を訊いてみた。
「最初は行ったのだ。ただ、あの部屋に一人は寂しくてな」
「寂しい、ですか」
「私自身も不思議だった。だが、よくよく考えてみると……景色を見るにしても、何をするにしても、私の傍には千早がいたなと思い出した」
確かにあの部屋は景観がいいが、柄だった頃のいろはでは窓の外を見ようと思ってもまず無理だ。何故なら、障子を開けなければならない。
あ、と千早は小さく声を出した。思い当たることがあったのだ。千早の様子に、いろはも笑みを零した。
「千早は毎日訪れてくれただろう? 外が見えるようにと障子を開け、部屋を綺麗に保とうと掃除もしてくれていた。話もしてくれていたしな」
話はしていたが、そのほとんどが弱音だ。しかし、言われてみれば、傍にいたのかもしれない。
何もなくとも、柄が置いてあった部屋に行っていた。障子を開け、景色を見て。掃除をしたあとは、ぼうっと何も考えずに過ごして。気が付けば畳に寝転がって昼寝をしていたこともある。
「……落ち着くなぁって、思ってたんです」
だから、よく行っていた。弱音だって吐いた。
いろはの左手が動き、頭に乗せられる。優しく、ゆっくりと撫でられ、今し方まであったはずの恥ずかしさはどこへやら。代わりに、心地いい眠気がやってきた。
瞼が重くなってくる。眠気に誘われるまま目を瞑ろうとしたとき、枕元に置いていたスマートフォンが短い鈴のような音を鳴らした。
誰かからメールが来たようだが、千早のスマートフォンに登録されている連絡先は少ない。同じ家にいる祖父母はまずないだろう。だとすれば──。
(伊織ちゃんかな。また明日……確認……)
あれだけ恥ずかしかったはずなのだが、やはり落ち着く。千早は静かに両目を閉じた。
「おやすみ、千早」
いろはの声に消え入りそうな声で「おやすみなさい」と呟くと、千早は深い眠りについた。