話が終わって明日クママさんが待つ村に行くことが決まった。それから、これからの風呂を入る順番も決まって僕は最後に。今更だけど、現状一つ屋根の下で三人の女性と過ごしていることを意識してしまい、微妙な居心地の悪さを感じていた。
 アヤメさんの後にお風呂場に行けば、シャワーと湯船がある。その二つもマギアであり、魔法によって温かな水が出ているらしい。この世界は想像以上に現代的なおかげで生活面におけるストレスが無く助かっている。
 溜まった温水に浸かると疲れが溜まっている身体に浸透して少し楽になってきた。

「……あっ」

 ふと、同じく入浴した女性陣の姿を想像してしまった。

「いやいやいや! それはまずい」

 瞬時にそれを振り払う。しかし、風呂で血の巡りが良くなったせいか、思考を止められず何度もその姿を頭の中に描いてしまう。

「ぐぅぅぅ」

 考えないようにするほど考えてしまい、意識だけではどうしようもなく、頭を叩いたり頬をつねったりした。

「もう出よう」

 正直もう少し温まりたかったが、別の意味でのぼせそうだったので風呂から出た。洗面所で着替えて、鍵を開けて二階へ。風呂上がりの涼しさを感じつつ、部屋に向かっていると手前から二番目の扉が開いた。

「あっ……」

 薄ピンクのフリルのパジャマ姿の桃奈さんと鉢合わせてしまう。彼女は人型の白いうさぎのぬいぐるみを抱きかかえていた。そのうさぎのマーブル色の両目は、どちらも変な方向を向いて、口は歪んでおり、少し狂気じみた顔をしている。

「ちょうど良かったわ。用があったのよ」
「な、何でしょう」

 まさか、変な妄想をしたことがバレしまっただろうか。いやでも声には出してないし。うめき声は出てたけども。ピリッとする緊張が走った。

「これあげる」
「これって……」

 渡されたのは桃奈さんが持っていたぬいぐるみで、もふもふな感触が心地良い。

「可愛いの好きなんでしょ? それと引っ越し祝いみたいな感じで。あ、お返しはいらないから」
「あ、ありがとう……ございます」

 プレゼントしてくれるのは凄く嬉しかった。でも正直このうさぎ不気味で、素直に喜べない自分がいる。

「なーんかあんまり嬉しそうじゃない?」
「い、いえ。めっちゃ可愛いくて最高です!」
「そうよね! 特にこの顔とか庇護欲を誘うのよね」

 全くピンと来ない。どちらかというと、無邪気に人を壊す顔していると思う。

「わ、わかります」
「あんたとはライバルだけど、好みは合うのよね……」

 確かにメイド喫茶で話した時はそう思っていたけど、ちょっと僕とはズレてる気がする。というか、可愛いと感じる範囲が広いのかもしれない。

「でもやっぱり、いくら趣味が一致しても、あんたの好きの気持ちには答えられないわ。悪いんだけど」
「は、はぁ」

 一日に二回も振られることってあるんだ。しかも、好きとは言ってないのに。あの服を着ていて、しかも今も同じく桃奈さんがプリントされたパジャマを着ているから、こちらにも落ち度はあるんだけど。

「言っておくと、ライバルだけど別に嫌いとかじゃないから、そこは勘違いしないでよね。用はこれだけだから……おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」

 桃奈さんは部屋に戻っていった。悪い人ではないし、拒絶されてるわけじゃなくて安心するけど、彼女の態度はやっぱりわからないままだ。
 僕は自分の部屋に入り、少し休憩してから早速腕立て伏せを十回行った。体育の授業の始めにやらされてたから、やる事そのものに問題ないけど、結構大変だから毎日続けられる自信は無くて。
 髪が自然に乾いた辺りで僕はベッドの中に入った。狂気うさぎも他の二つと一緒に枕元へ置いている。怖いし呪われそうなので仕舞いたいのだけど、一応貰い物だし慣れれば可愛いと思えるかもしれないから。

「さて、寝よっと」

 連日と同様で、目を閉じて気づけば溜まった疲れによって、すぐに意識の底に連れられた。



「ユウ寝不足?」
「ちょっと嫌な夢を見て」

 翌日の朝、僕達三人はアヤメさんお手製のリュックを背負ってクママさんの村に向かうため、ゴンドラ発着場へと向かっていた。
 リュックには主に着替えなどが入っていて、他には戦闘用に使えそうなミズアちゃん人形も入れておいた。
 服装は全員戦闘用になっていて、これから危険な場所に行くのだと気が引き締まってくる。しかし、頭はまだ覚醒しきってはいなくて。

「ちょっと不吉よね、こういう日に悪夢って」
「……」

 夢はあの狂気うさぎに深い森の中で襲われるというもので。そいつはおぞましい笑い声を上げながら、すごい勢いで追いかけてきた。逃げ回るも足が速く、何度も体当たりを受けてボコボコにされ、動けなくなると捕まってしまう。住処の洞穴に連れてかれ、最後に手に持ったノコギリで殺されそうになって、目が覚めてしまった。

「たまたまだよっ。元気に行こー」

 アオは右手に携えている木刀を掲げた。

「って、どうして木刀持ってるの?」

「そうそう、これユウに渡そうと思ってさ。ほいっ」

 木刀をぽいっと投げ渡された。上手くキャッチできず取りこぼしてしまい、からんと乾いた音が鳴る。

「……どうしてこれを?」

 拾って持つと少し重みがあった。

「お守りみたいな? それと戦闘になった時に色々武器があった方が良いしね」
「いいなー、ミズちゃんからのお守り..…あたしにも欲しいー」
「ええ? じゃあ守ってくれますよーに。はい、祈っておいたよ」
「やった! これであたし、無敵になれたわ!」

 それでいいのだろうか。でも、凄く嬉しそうにしていた。
 談笑しながら歩いていると、あっという間に島を移動するゴンドラ前まで到着した。