1
同じく、辺境地方の小都市ゼ・ジ。
名称の由来は何故なのだが、古代言語の「the sea」(海)に由来するともされる。近くに塩の溜まった窪地がいくつもあることや、それらに海のものらしき貝殻が混ざったり詰まれていたりすることから、どうも本来は海の近くだったらしい。地殻変動や乾燥化で海岸線が後退したのか。
魔族帝国進駐軍が近隣の農村・森林地域を制圧してから、モンテロッソでの反魔族クーデター騒動もあった。それらの情勢変化や伝聞・情報は、ジ・ゼにも政治的な決断を迫る。
「我々は、モンテロッソやボンデホンに比べて、規模も人口も小さい。だがこの地方の各方面でだけでなく、他の地方にも塩を出荷している」
市参事会議で、数十人の議員たちが合議を重ねている最中だった。
このあたりでは塩はあまり手間をかけずに手に入る有用物質であるために、主要な出荷品となって都市の財源の助けになっている。他の海浜地域での塩田事業や岩塩の採掘と比べても割が良く、費用の効率から価格が低く抑えられるために、シェアがとりやすい。
「規模から防衛の戦力が足りないけれども、我らの町が魔族側の支配下の手に落ちれば、それらの財源が魔族側に渡ることになる。
奴らが魔法マテリアル鉱脈の採掘を狙って進駐してきたなら、もののついででここの廉価で良質な「塩」も狙ってきても不思議はない。生活上の必要物資だから、政治駆け引きでプレッシャーをかける道具にもされかねない。
ここは早急にボンデホンなどの反魔族グループと提携して、防衛面での助けや、外部購入で賄う資源・物資や材料の通商ルートを確保すべきだろう」
市参事会議の大勢は、反魔族積極論に傾きかけていたかに見えた。
その一因として、郊外の田園を含む領域が小さいことや、塩分の強い土壌のせいで農業生産に限界があることが挙げられる。必要最小限の食糧しか生産できず、多くの不足分は他の都市からの購入に依存している。
また、産業が魔術要素のある冶金によって経済資金を稼いでいるため、魔術マテリアルの鉱山地域が敵対的な魔族支配下に置かれたり、資材や技術面などで交際のあったドワーフの村落が逃散で消滅したことも痛手であった。避難したエルフやドワーフたちはリベリオ屯田兵村の近隣に集住しているから、面識が深く連携が容易で、心情の共感としても利害・蒙った損害や被害でも立場が近かった。
そのとき、別の議員が挙手する。
「異議あり」
「どうぞ」
「お言葉ではあるけれども、既にこのあたりの鉱山やマテリアル鉱脈の半分は魔族側に押さえられている。残り半分も進駐騒ぎの煽りで十分稼働しているわけでないのだし、これからさらに減少するかもしれない。
より現実的に考えて、今の段階で魔族側からの基礎資源の購入を確実にしておくべきでは? 別に、従来のドワーフの採掘や精錬でなくても良いわけでしょう? 彼らは資源や素材を融通してくれていたとはいえ、自前の冶金製品は私たちの町の生産品と競合していた面もあるのだし」
つまり魔族側と妥協して、ジ・ゼの冶金産業の利益確保を優先すべきという見方。
リアリストであれば誰もが多少は考えるところではあったが、それはそれで問題があった。だからやっぱり反論の声が上がる。
「一理はあるが、それでは不義理になって、かえって安全や通商にも支障をきたすのでは?
それに、魔族に鉱山やマテリアル鉱脈を任せておいて、はたして我々の友人であるドワーフたちより上手くやると思うか? たとえ基礎精錬された金属や魔術マテリアルが購入できても、その質は低下して使い物にならない恐れもある」
単なる人間同士でのビジネスであれば、商売上の都合である程度までは利己的な振る舞いも容認されるのかもしれない。しかし魔族陣営はあからさまに敵対的で相容れない勢力なわけで、味方陣営の人間たちや従来の提携先であるドワーフ村などが危険にさらされて損害を受けているときに自分たちだけ妥協や利敵行為すれば、裏切りとして総スカンされかねない。
悪い事には、魔族側は人間に友好的とは言い難いのだし、たとえ一時的に利益を得ても長期的には破滅につながりかねなかった。防御ができなくなれば、ジ・ゼそのものが直接支配下に置かれて植民地牧場にされかねない。
それに、魔族が鉱脈採掘を進めるのは、奴隷労働に依存した力技に偏るだろう。ドワーフたちは独自のノウハウや鉱山と冶金のための魔術を確立して、効率的かつ人道的で質が高い。もし魔族主導で同じことをやろうとすれば、人間を消耗品した上で材木資源なども濫費することは請け合いで、そういう性格から「魔族支配下になった地域は荒廃する」という定説があるほどだ。
「それでは、魔族側に交渉して、これまでのドワーフの鉱山技師たちを送り込んでは?」
「ドワーフを魔族の下で働かせると? どんな扱いされるか、考えてみてほしい。彼らだって、受け入れがたい提案でないか。
それに、あんまり魔族側に肩入れしてしまったら、中央や他の都市からも睨まれるぞ」
「どこだって、魔族やギャングと賢明に妥協して利益を上げている。我々だけが、何故いけない?」
喧々たる議論は夕方にひとまず打ち切って持ち越しとされた。
かなり世知辛い見方も出ていたようだったが、彼らの場合には個々の後ろ暗い私利私欲よりも都市の安全や利益を優先して議論している点で、今の世界の指導層としてはまともな部類ではあったかもしれない。彼らジ・ゼの参事会議員たちの多くは地元の冶金ギルドや塩出荷ギルドと何かしらつながっており、都市の公益や産業利益を考えざる得ない事情もプラスに作用していたのか。
2
事件はその晩の未明に起こった。
塩採掘現場の一つで毒がばらまかれ、反魔族主戦派の議員や指導者たちの代表格が何人も暗殺され、一家が皆殺しされたりした。
都市内部の親魔族ギャングの議事妨害と脅し目的の犯行であったのは明らかだった。商工ギルドの運営乗っ取りや政治家の買収などが上手くいかず、追い詰められてテロに及んだらしかった。
また、商工ギルドの工房や業務上で人為的・故意としか思われないミスや不祥事が続発し、「法律家」たちが訴訟騒ぎを起こした。全てはジ・ゼを内部撹乱し、政治と都市運営の主導権を乗っ取ろうとする親魔族ギャング利権派のネットワークがやらかしているのは、薄々以上に察せられた。
位置的に辺境地方の小都市であることもあって、官憲などの監視に限界があるとたかをくくってなのか、タイミングとして急いだのか、やり方はバレバレにも関わらず厚顔無恥なゴリ押し。
しかも、どこからやってきたのかわからないエルフなど(人間のならず者やアビス・エルフが多いらしい)が「地方独立運動」をやり始め、中央各地で現地住民の意思を無視してキャンペーン宣伝がなされた。新聞や学者たちも買収されてプロパガンダ言説を垂れ流して、辺境地方の他地域からの孤立化を図って、懸命に魔族側の支配圏に「売りとばし」しようとしている。
今やジ・ゼという小都市の内部だけでなく、この地方の各都市では対応に追われててんやわんやだった。
経済的に困窮させようと、資金や物資の流通・出荷・融通を阻害しようとする動きもあり、銀行の強欲・腐敗も後ろ暗い策謀に加担する。さながら、地虫が一斉にうごめきだすような不気味で傍迷惑で非常に有害な暗躍があふれだしている。ある意味で「正々堂々の戦争行為」以上に厄介かつ卑劣姑息な、政治経済上の謀略とスパイ工作の暗闘は激化しつつあった。
同じく、辺境地方の小都市ゼ・ジ。
名称の由来は何故なのだが、古代言語の「the sea」(海)に由来するともされる。近くに塩の溜まった窪地がいくつもあることや、それらに海のものらしき貝殻が混ざったり詰まれていたりすることから、どうも本来は海の近くだったらしい。地殻変動や乾燥化で海岸線が後退したのか。
魔族帝国進駐軍が近隣の農村・森林地域を制圧してから、モンテロッソでの反魔族クーデター騒動もあった。それらの情勢変化や伝聞・情報は、ジ・ゼにも政治的な決断を迫る。
「我々は、モンテロッソやボンデホンに比べて、規模も人口も小さい。だがこの地方の各方面でだけでなく、他の地方にも塩を出荷している」
市参事会議で、数十人の議員たちが合議を重ねている最中だった。
このあたりでは塩はあまり手間をかけずに手に入る有用物質であるために、主要な出荷品となって都市の財源の助けになっている。他の海浜地域での塩田事業や岩塩の採掘と比べても割が良く、費用の効率から価格が低く抑えられるために、シェアがとりやすい。
「規模から防衛の戦力が足りないけれども、我らの町が魔族側の支配下の手に落ちれば、それらの財源が魔族側に渡ることになる。
奴らが魔法マテリアル鉱脈の採掘を狙って進駐してきたなら、もののついででここの廉価で良質な「塩」も狙ってきても不思議はない。生活上の必要物資だから、政治駆け引きでプレッシャーをかける道具にもされかねない。
ここは早急にボンデホンなどの反魔族グループと提携して、防衛面での助けや、外部購入で賄う資源・物資や材料の通商ルートを確保すべきだろう」
市参事会議の大勢は、反魔族積極論に傾きかけていたかに見えた。
その一因として、郊外の田園を含む領域が小さいことや、塩分の強い土壌のせいで農業生産に限界があることが挙げられる。必要最小限の食糧しか生産できず、多くの不足分は他の都市からの購入に依存している。
また、産業が魔術要素のある冶金によって経済資金を稼いでいるため、魔術マテリアルの鉱山地域が敵対的な魔族支配下に置かれたり、資材や技術面などで交際のあったドワーフの村落が逃散で消滅したことも痛手であった。避難したエルフやドワーフたちはリベリオ屯田兵村の近隣に集住しているから、面識が深く連携が容易で、心情の共感としても利害・蒙った損害や被害でも立場が近かった。
そのとき、別の議員が挙手する。
「異議あり」
「どうぞ」
「お言葉ではあるけれども、既にこのあたりの鉱山やマテリアル鉱脈の半分は魔族側に押さえられている。残り半分も進駐騒ぎの煽りで十分稼働しているわけでないのだし、これからさらに減少するかもしれない。
より現実的に考えて、今の段階で魔族側からの基礎資源の購入を確実にしておくべきでは? 別に、従来のドワーフの採掘や精錬でなくても良いわけでしょう? 彼らは資源や素材を融通してくれていたとはいえ、自前の冶金製品は私たちの町の生産品と競合していた面もあるのだし」
つまり魔族側と妥協して、ジ・ゼの冶金産業の利益確保を優先すべきという見方。
リアリストであれば誰もが多少は考えるところではあったが、それはそれで問題があった。だからやっぱり反論の声が上がる。
「一理はあるが、それでは不義理になって、かえって安全や通商にも支障をきたすのでは?
それに、魔族に鉱山やマテリアル鉱脈を任せておいて、はたして我々の友人であるドワーフたちより上手くやると思うか? たとえ基礎精錬された金属や魔術マテリアルが購入できても、その質は低下して使い物にならない恐れもある」
単なる人間同士でのビジネスであれば、商売上の都合である程度までは利己的な振る舞いも容認されるのかもしれない。しかし魔族陣営はあからさまに敵対的で相容れない勢力なわけで、味方陣営の人間たちや従来の提携先であるドワーフ村などが危険にさらされて損害を受けているときに自分たちだけ妥協や利敵行為すれば、裏切りとして総スカンされかねない。
悪い事には、魔族側は人間に友好的とは言い難いのだし、たとえ一時的に利益を得ても長期的には破滅につながりかねなかった。防御ができなくなれば、ジ・ゼそのものが直接支配下に置かれて植民地牧場にされかねない。
それに、魔族が鉱脈採掘を進めるのは、奴隷労働に依存した力技に偏るだろう。ドワーフたちは独自のノウハウや鉱山と冶金のための魔術を確立して、効率的かつ人道的で質が高い。もし魔族主導で同じことをやろうとすれば、人間を消耗品した上で材木資源なども濫費することは請け合いで、そういう性格から「魔族支配下になった地域は荒廃する」という定説があるほどだ。
「それでは、魔族側に交渉して、これまでのドワーフの鉱山技師たちを送り込んでは?」
「ドワーフを魔族の下で働かせると? どんな扱いされるか、考えてみてほしい。彼らだって、受け入れがたい提案でないか。
それに、あんまり魔族側に肩入れしてしまったら、中央や他の都市からも睨まれるぞ」
「どこだって、魔族やギャングと賢明に妥協して利益を上げている。我々だけが、何故いけない?」
喧々たる議論は夕方にひとまず打ち切って持ち越しとされた。
かなり世知辛い見方も出ていたようだったが、彼らの場合には個々の後ろ暗い私利私欲よりも都市の安全や利益を優先して議論している点で、今の世界の指導層としてはまともな部類ではあったかもしれない。彼らジ・ゼの参事会議員たちの多くは地元の冶金ギルドや塩出荷ギルドと何かしらつながっており、都市の公益や産業利益を考えざる得ない事情もプラスに作用していたのか。
2
事件はその晩の未明に起こった。
塩採掘現場の一つで毒がばらまかれ、反魔族主戦派の議員や指導者たちの代表格が何人も暗殺され、一家が皆殺しされたりした。
都市内部の親魔族ギャングの議事妨害と脅し目的の犯行であったのは明らかだった。商工ギルドの運営乗っ取りや政治家の買収などが上手くいかず、追い詰められてテロに及んだらしかった。
また、商工ギルドの工房や業務上で人為的・故意としか思われないミスや不祥事が続発し、「法律家」たちが訴訟騒ぎを起こした。全てはジ・ゼを内部撹乱し、政治と都市運営の主導権を乗っ取ろうとする親魔族ギャング利権派のネットワークがやらかしているのは、薄々以上に察せられた。
位置的に辺境地方の小都市であることもあって、官憲などの監視に限界があるとたかをくくってなのか、タイミングとして急いだのか、やり方はバレバレにも関わらず厚顔無恥なゴリ押し。
しかも、どこからやってきたのかわからないエルフなど(人間のならず者やアビス・エルフが多いらしい)が「地方独立運動」をやり始め、中央各地で現地住民の意思を無視してキャンペーン宣伝がなされた。新聞や学者たちも買収されてプロパガンダ言説を垂れ流して、辺境地方の他地域からの孤立化を図って、懸命に魔族側の支配圏に「売りとばし」しようとしている。
今やジ・ゼという小都市の内部だけでなく、この地方の各都市では対応に追われててんやわんやだった。
経済的に困窮させようと、資金や物資の流通・出荷・融通を阻害しようとする動きもあり、銀行の強欲・腐敗も後ろ暗い策謀に加担する。さながら、地虫が一斉にうごめきだすような不気味で傍迷惑で非常に有害な暗躍があふれだしている。ある意味で「正々堂々の戦争行為」以上に厄介かつ卑劣姑息な、政治経済上の謀略とスパイ工作の暗闘は激化しつつあった。