3

かつて「旧魔王戦役」の時代の魔族全盛には、特殊な時代状況の理由があった。実は人間側の支配層の一部と魔族側で「裏協定」が結ばれており、「一定レベルまでの魔族の悪行と人間の犠牲は黙認・黙殺されていた」のであった。理由は、魔族側の支配圏で奴隷状態や二等市民扱いに服している大勢の人間やエルフを、奴隷労働力や購買力として活用して利益を上げられたからである。それによって魔族が優勢になり、人間側が友好容認派(買収されている)と反魔王強硬派に分かれて激しく対立。多くの政治権力者や商人ギルドの有力者は目先の利益と安全のみを追って日和見し、無知な民衆の大部分は右往左往しながら犠牲者を出し続けていた。

その暗黒協定は反魔王レジスタンスにとっては大きな足枷にもなっていた。魔王軍と戦っているにも関わらず「勝手な行動をとっている過激派武装集団」のような扱いになってしまうため、人員や資金・物資なども圧倒的に不足していた。もちろん保安組織や都市守備軍などには内心で共感や同調する者も多かったものの、彼ら自身が日常的に魔族利権マフィアからの脅迫や腐敗勢力からの政治勢力による押さえ込みされていたためにどうにもならない(裏では連携していたにせよ、表だっては限界があった)。あのクリュエル・サトーが「原始人」と化して投擲武器に「符呪した石器」を使うようになったのも、それら背景事情がある。後に村の教会堂に任命される司祭なども一時は陰謀で陥れられ、身柄を拘束・投獄されたことまであったらしい。

この事件の舞台となった都市ではそれまで蓄積された怒りと不満と憎悪に引火して、発覚した数十人を皮切りに一時は内戦状態に突入。ついに保安官や都市守備隊も民衆側に全面加担し、それまでの報復で魔族利権マフィアの掃討戦したとか。



4

最終的には周辺地域を含めて数千人が虐殺・処刑されたそうだ。主犯格の政治権力者たちの生首や死体も城壁に数多く並べられた。

素直に斬首や城壁からの突き落としくらいでアッサリと済んだ処刑受刑者はまだ運が良かっただろう(一番に「人道的で優しい」扱いの部類であった)。斧で切り刻まれて頭を叩き割られたり、ナイフでめった刺しされたり、棍棒で生きたまま全身の骨と肉をカツレツ調理のように砕かれるくらいは序の口であった。

甚だしい悪人・首魁と目されれば、口から金属の漏斗で大量の沸騰した熱湯を注ぎ込まれたり、白熱するまで焼けた鉄の棒を肛門から差し込んで内蔵をグチャグチャに焼きとかされたり(男女平等、踊り飛び跳ねながらのたうち回って死んでいったそうだ)。

しばらくは野犬たちが勝利感に満ちた顔で楽しげに、死体の腕や足を咥えて駆け回っていたとか(残骸は豚たちが食べて清掃したとうである)。

きっと、永年月の常態的な悪行と卑劣によって、魔族たちはあまりにも怨恨と憎悪を買いすぎていた。長い戦乱によっても人々は荒みきって、完全にキレてしまっていたようであった。

これは「旧魔王戦役」の終盤にはあっちこっちで多発した典型的なケースの一例でもある。



5

その頃、あのサキュバス姫男爵サキの長女のミリア(六歳)は、傷痍兵たちの病院でお盆に載せたご飯を運んでいた。背後には溺愛されている男のレオ君(四歳)が、トコトコと水差しとコップを持ってついていく(まだ生意気になる前で、異父姉に従順で懐いていた?)。


「今晩は魚のシチューです」


「はい、水です」


彼らの母親のサキは厨房で食事作りしたり、薬草類の調合や簡単な治療などもやっている。「若い・元気な・持て余した男たち」に不自由しない環境も、サキュバス的には好都合だったのかもしれないが。普通、異種族間や混血では「受胎する確率が低い」はずなのだが、どうやら三人目をご懐妊であるらしい。

やはりサキの場合には「母の同胞」である人間に悪意がないことや、人肉食を「共食い」として好まなかったことが大きかった。魔族混血の場合には純血の魔族へのコンプレックスや人間への優越感から余計に凶悪になる者もいるから、個々人の性格と巡り合わせもあるのだろうか。


「ありがとよ。ミリアちゃん、おっかさんに似て美人になるよ。レオ君、あんまり女の子を泣かせるなよ」


包帯の兵士が笑って、子供たちに言う。ときどき他の子供たちと読み書きや計算などを教えたり、話し相手にしたり。だって彼らは「身内」で、戦友の誰かの子供でもあったのだから。