同じクラスだった清水くんは、孤立していて、ぼんやりしている子だった。休み時間はいつも何かを熱心にノートに書いていた。
 いっぽうの僕も、幼い頃から、絵描きの才能に気づいた両親の方針で、ずっと絵を描いていた。加えてもともとの性格もあってか、僕もそれまでクラスで孤立していた。
 絵描きの他に、一時期、親が持っていた野球選手を育てる古いゲームにのめりこんでいて、授業中もそのゲームのことを考えていた。
 ある日、清水くんが野球のゲームの選手のステータスや育成のしかたをノートに書いていたのを見つけて、僕は嬉しくなって声をかけた。
「それ僕もやってる!」
 彼と友達になったのは、それがきっかけだった。
 野球ゲームの話をして、僕の絵を見せたらすごいと言ってくれて、お互いの家で、ゲーム内でどちらが強い選手を作れるかを競ったりした。
 だけどその二ヶ月後、清水くんは突然死んだ。
 いじめはなかった。
 それが大人たちが出した最終的な結論だった。
 ただ、彼を驚かして反応を面白がる人たちがいたことは知っている。
――清水は「いじられキャラ」だからね。
 いつか、誰かが言っていた。
 そして、清水くんが死を選ぶ一週間前。彼が担任に呼び出されて、
「お前の成績で入れる高校なんてどこにも無いぞ」
そう言われていたのを僕は通りがかった廊下で目にしてしまった。
「これで将来どうするんだ」
 僕は聞いてはいけないものを聞いたような気がして、足早に立ち去った。
 その教師が言ったことの影響や、いじめが日常的にあったかどうかは、僕に判断はできない。
 とにかく、彼は自宅で首を吊って死んだ。遺書などは見つからなかった。それは事実だった。
『今度のクラス会で、皆を驚かせたいんだよ。橋場くん、材料探し、一緒に手伝ってくれる?』
 だから、表が出たら生きる。だけど、裏が出たら死ぬ。
 僕が彼の家の倉庫で見つけたのは、カラフルな模様のついた、頼りない細いロープだった。
 だけど、清水くんにとってはそれだけで良かった。
 僕の両親が話しているのを聞いた。
――ロープで首を吊って亡くなっていたそうよ。
 僕が前の日に清水くんの家に遊びに行っていたことを、誰も知らない。
 僕は誰にも前の日の出来事を話すことができなかった。クラスの皆で彼の家に葬式に出向いた。だけど、彼のご両親に個人的に話をしようとすることもなく、僕は彼の家を後にした。
――今まであの子と仲良くしてくれてありがとうね。
 帰り際、ご両親がかけていた声。それが僕だけに向けられたものなのか、知るのが怖くて、逃げるように送迎バスに乗り込んだ。
 彼のほんとうの気持ちは今となっては知ることはできない。
 だけど、僕は、怖くて逃げ出したんだ。

 たまに街中で、彼によく似た身長と髪型をした、猫背気味の後ろ姿を見ることがある。その人たちは彼とは別人だとわかっている。だけど、そう頭で理解していても、めまいや動悸、吐き気と後悔、希死衝動を呼び覚ます。
 中でも僕の心を責め続けているのは、段ボール箱の奥から見つけた色鮮やかなロープを手渡したときの、清水くんの晴れやかな笑顔だった。
 それ以来、身の回りにある虹色のもの――同じようなカラフルな模様の織り込まれたストラップ。雨上がりの虹。あるいはミサンガ。そして僕自身が描いていた絵画や、パレット、絵の具のセット。
 それら全ての虹色をしたものが、僕に襲いかかってくるみたいだった。
 そして、僕はいつしか、カラフルな世界から逃げ出すように、すべての色彩を失った。
 中学二年生の、蝉が喧しい夏の頃だった。