目の前で、信じられないことが起きていた。
 僕は、自分の身に振りかかっている状況を、もう一度整理してみる。
 僕はさっきまで、死のうとしていた。無料展望台の隙間から飛び降りようと決意して、一歩を踏み出そうとした。だけど、まさにその瞬間、同じ高校生くらいの「カラフル」な少女に話しかけられていたのだ。
 それは僕が久しぶりに見た色彩だった。彼女の真昼の虹のようなまぶしさのせいで、視界の先で何が起こったのか理解することに時間がかかっていた。そのせいで、ほんの十数秒とはいえ彼女のなすがままにされていた。
 気がつくと、僕は彼女に手を引かれてエレベーターに乗せられていたのだ。
「ちょっと……いきなり何をするんだよ」
 僕の口からようやく発せられたのは、小さく情けない声だった。
 彼女は、僕の手を固く握ったままきわめて冷静に答えた。
「いきなり、か。どちらかと言うとそれ、私のセリフなんだよね、うん」
 やけに長く感じられたエレベーターの箱の中、密室の至近距離。シャンプーとほんのわずかに汗の入り交じった香りがして落ち着かなかった。僕の視線の先にあるのは、たしかに、「水色の」ワンピースを着た色彩のある少女だった。
 浮遊感と一緒にエレベーターが1階に到着するベルが鳴って、僕はなすがままに、彼女に手を引かれて後ろを歩いていた。
「いいからこっち。すぐそこだから」
 振り向いた彼女はショートヘアーで、艶やかな黒髪をしていた。黒も色が分かるとこんなに違うんだと、久しぶりの感覚に少し驚いていた。
 それに、彼女はとても端正な顔立ちだと思った。
 その姿に、自分でも不自然だと思うくらいには、僕の視線は惹き付けられていた。
 要するに、彼女の姿に見とれていたのだ。
 そんな中でも、周囲の風景は相変わらず枯れ果てたように色の抜けたモノクロをしていて。
 だから僕にとって彼女は、文字通りの灰色の世界に現れた唯一の(にじ)のようなものだった。