教室を出て、職員室前の廊下にたどり着くけど、彼女はもうそこにはいなかった。
 「おお、城田(しろた)か。今日は蒸し暑いな、まったく」
 代わりに職員室の扉から、ポロシャツとジャージのズボンを着て髪を後ろで結んだ、担任の倉井(くらい)先生が出てきた。倉井先生は僕に気がつくと片手を上げた。
 「先生。さっきまで話してた、佐野さんはどこに?」
 『明るいけど倉井先生』と自称し、『くらちゃん』と生徒たちに呼ばれる、まだ教師歴の浅い体育副担当の彼女は、きょとんとした顔をした。
 「なんだ、お前、佐野の知り合いだったのか?」
 やっぱり、D組の転校生とは、あの佐野さんのことだったのか。
 「佐野なら、書類を取りに来てさっき帰ったけど? 体調が良くなってきたらしいから、クラスにもそのうち――って、おい!」
 僕は、倉井先生の言葉が終わらないうちに踵を返して階段を降りた。
 正面玄関に着くと、風に揺れる制服姿が遠く前方に見えた。僕はあわてて上履きからスニーカーに履き替えて、『風の又三郎』の文庫本をもって彼女のあとを追いかけた。