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「相馬、一人?」

 凛花と話せなくなってから数日経った放課後、一人で帰ろうとしていたら、多賀くんに声をかけられた。
 その声を聞いた途端、全身に緊張が走った。

 だけど、緊張しているのは私だけではないらしい。
 多賀くんの表情が硬い。

 お互い、友達になることは簡単ではないみたいだ。

「一緒に帰らない?」
「えっと」

 断りたい。

 そう思ったのに、多賀くんを見ていると、正直に言っていいのか、迷ってしまった。

「……うん」

 私が了承したことで、並んで進む。
 あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる中で、私たちは無言で校門をくぐる。

「倉本と派手にケンカしてたよな」

 多賀くんは前置きもなしに、触れてほしくないところに触れてきた。

「……そう、だね」
「大丈夫?」

 大丈夫なわけがない。

 小河くんと付き合うようになってから、凛花と過ごす時間は減っていたけど、完全に話せなくなったのは、久々だ。

 昔、ケンカしたときはすぐに、なにもなかったかのように話していた。
 でも、今回はそう簡単に話が進まなくて。

 この気まずさを解消するには、私のことを打ち明けなければならない。
 それが、難しかった。

「大丈夫なわけ、ないか」

 私が応えなかったことで、多賀くんは自己完結してくれた。

「……浅木は?」
「え?」

 私の様子を伺うように投げられた質問は、声が小さく聞こえなかった。

「浅木とは、付き合ってるの?」

 聞き返さなければよかった。

 そう思ったけど、当然、もう遅い。

「いや、ほら、あのとき浅木とどっかに行ってたじゃん? その雰囲気がなんというか、恋人なんじゃ……って思って。俺に言いにくいとかあると思うけど、でもやっぱり、ちゃんと知っておきたいというか」

 多賀くんは一気にまくし立てた。
 その瞳は私を捉えているようで、見えていないように感じる。

 そして勢いに圧倒されて、私は答えられなかった。

 それに加えて、また恋愛に結び付けられて、嫌気がさしていた。

「頼むよ、相馬。はっきりと」
「ストップ!」

 ただただ困惑していると、背後から、私たちの間に誰かが割り込んできた。
 私たちの足は揃って止まる。

「凛花……?」

 私は思わぬ人物の登場に驚いて呼ぶけど、凛花は私のほうを見ない。

「多賀くん、気になるのはわかるけど、柚衣の顔、見えてる?」

 凛花が言うと、多賀くんはようやく私を見た。
 悪いことをしたと思っているのが、その顔を見ればわかる。

「好きならちゃんと、柚衣のこと見てあげて。柚衣を困らせるなら、私は君を許さないからね」
「ごめん、相馬……」

 私は首を横に振る。

「……じゃあ、また明日」

 そう言って多賀くんが去っていく姿を見て、私は大きく息を吐き出した。

 もう、しばらくは多賀くんとは関わらないほうが、お互いのためなのかもしれない。

 そんなことを思っていると、凛花がなにも言わずに帰ろうとしているのが視界に入って、私は慌てて引き止めた。

「ま、待って、凛花。あの、話、したい」

 凛花が振り向いたことで、やっと見れた凛花の表情。
 あの向日葵のような凛花は、どこにもいない。

「家、来る?」

 私はぎこちなく頷く。

 そして私たちは、無言で凛花の家に向かった。

 この数日間、学校ですれ違うことがあっても、お互いに目を逸らしていた。

 浅木くんに、このままは嫌だと言っておきながら、結局、浅木くんが言っていたように、理解されなかったらどうしようという恐怖心が、少なからずあったんだと思う。

 だから私は、凛花に声をかけたくても、できなかった。

 凛花とも浅木くんとも話せず、独りの学校生活。

 なにより、ずっと一緒にいた凛花が傍いない日々は、酷く寂しかった。

 ううん、それだけじゃない。

 凛花に謝れていないこともあって、苦しかった。

 今日話すことができれば、私はこの負の感情から解放されるだろうか。
 あわよくば、凛花とまた笑いあえたら。

 そんな少し自己中心的なことを考えていると、凛花の家に到着した。

「ただいま」
「お邪魔します」

 凛花の声に続けて言うと、部屋の奥から足音が聞こえ、女性が現れた。

「なんだ、柚衣ちゃんか。いらっしゃい」

 出てきたのは、凛花のお母さん。

「お邪魔します」と返すと、凛花のお母さんは微笑んで、戻っていった。

「……あがって」

 凛花に言われて、靴を脱ぐ。

 小学生のころから凛花の家には来ているのに、今日はいつになく緊張している。

「飲み物持ってくから、先に部屋に行ってて」

 抑揚のない声で言うと、凛花はリビングのほうへ向かった。

 私は、階段を上って、凛花の部屋に入る。

 いつも整理整頓されていて、オシャレな部屋だという記憶があるそこは、少しだけ荒れていた。

 なんとなく、ここが凛花の心の中のような気がして、立ち入ることに躊躇いを感じてしまった。

「入らないの?」

 上がってきた凛花に言われ、私は一歩、踏み出した。
 だけど、それ以上進むことができない。

 一方凛花は、いつものように、ローテーブルに飲み物とお菓子を置いてく。
 私の席はここだと示すようにコップが置かれ、私は恐る恐るそこに座った。

「凛花、この前は本当にごめんなさい」

 どんなふうに切り出すのが正解なのか、どれだけ悩んでもわからなかった。

 だったら、凛花に伝えたいこと、全部正直に伝えよう。
 そう、思った。

 凛花は静かにコップを手にすると、口をつける。
 コトン、という小さな音が、やけに大きく聞こえた。

「……あれが、柚衣の本音でしょ? 私こそごめんね、柚衣が嫌がってるのに気付かないで騒いじゃって」

 申し訳ない、というよりは、諦めた、という感じの表情。

 もっと、はやく話しに来ればよかった。
 凛花は、どれだけ自分のことを責めたのだろう。
 どれだけ苦しんだんだろう。

「違う……違うの、凛花……私……」

 私は無性愛者で、恋愛感情を抱かないこと。
 凛花の惚気話が受け入れられなかったこと。
 私の恋の話をされるのが耐えられなかったこと。

 そして、誰かと触れ合うことが苦手なこと。

 凛花に言えなかったことすべてを、拙い言葉で伝えた。

 話し終えたとき、凛花の瞳が揺れ動いていた。

「じゃあ私、知らないでずっと柚衣のこと苦しめてたの……? この前のときだけじゃなくて、好きな人のことではしゃいでるときも、柚衣に触ったときも、ずっとずっと、柚衣に無理させてたってこと?」

 違うと言いたかったけど、説得力がなさすぎて、言えなかった。
 だから、無言の肯定になってしまった。

 なにを言えばいいのか迷っていると、凛花の瞳から一筋の涙が流れた。

「ごめんね、柚衣……私、親友失格だ……柚衣が苦しんでたの、全然気付けなかった……それどころか、柚衣にも幸せになってほしいから、なんて私の価値観を押し付けて、傷つけてたなんて……本当、ごめん……」

 凛花の涙、そして言葉で、涙が溢れてしまった。

 凛花は寄り添ってくれる人。
 それはずっと一緒にいた私が、一番知っている。

 それなのに、私は一人で抱え込んで、無意味に凛花を傷つけた。
 苦しめた。

「私のほうこそ、ごめん……」

 何度目かわからない謝罪の言葉に、凛花が笑い声を零す。

「もう柚衣、泣きすぎだよ」

 そう言いながら、凛花は手を伸ばした。

 だけど、それは私の頬に触れる前に、不自然に止まった。

「……っと、ごめん、ついクセで」

 私が、他人に触られるのが苦手だって言ったのを、思い出したらしい。

 私は本当に、凛花に大切に思われている。

 それが嬉しくて、涙はまだ溢れるけれど、口角が上がった。

「ありがとう、凛花」

 すると、凛花は満面の笑みを見せた。
 そこにいたのは、いつもの、向日葵のような凛花だった。