◆
「柚衣!」
四時間目、化学室から戻ると、凛花は私の席で待っていた。
ぎこちない笑顔を浮かべて、手を振っている。
「凛花、どうしたの?」
「朝のこと、謝りたくて。柚衣の気持ち考えずに騒いで、ごめんね」
その表情を見るに、かなり気にしていたらしい。
「ううん、凛花はなにも悪くないよ。私こそ、酷く言ってごめんね」
凛花の安心しきった笑顔に、つられて頬が緩む。
そして凛花は私の机に自分の弁当箱を置いた。
「今日、ここでお昼食べてもいい?」
「あれ、小河くんは?」
付き合い始めてからはずっと小河くんと過ごしていたから、凛花からそんな提案がされるなんて思ってもいなかった。
「今日は柚衣と食べたいの」
凛花は楽しそうに、隣から椅子を借りてきた。
小河くんには悪いけど、私も久しぶりに凛花とお昼を食べれるのは、嬉しい。
そして私たちは昨日SNSで見たものから、最近話せていなかったことまで、くだらないことを報告し合いながら、弁当を食べ進めていく。
そこで凛花が今朝の話題や恋バナに触れることはなかった。
「柚衣、今から図書室?」
凛花は弁当箱の蓋を閉めながら言った。
もう少し凛花と話したかったけど、凛花は多分、小河くんのところに行きたいんだと思う。
「うん、そのつもり」
本当は教室で大人しくしておくつもりだけど、そう言うことで凛花が安心すると思って、私は小さなウソをついた。
昨日からウソばかりで、自分を嫌いになりそうだ。
「そっか。じゃあ」
「相馬柚衣、さん」
凛花の声を遮るように、誰かが私の名前を呼んだ。
浅木くんだ。
この緊張感漂う空気、嫌な予感がする。
凛花は私と浅木くんの顔を交互に見た。
その表情は、笑みを隠しきれていない。
「じゃあね、柚衣」
私の耳元で言うと、そのまま教室を出ていった。
さて、浅木くんがなにか切り出す前に、逃げるべきか……
いや、さすがに教室で告白なんて、しないだろう。
それでも嫌な予感が拭いきれなくて、ゆっくりと唾を飲む。
「……これ、読んでみない?」
すると浅木くんは、一冊の単行本を差し出してきた。
それは見たことのない本。
どんな話なのかはわからないけど、どうして唐突におすすめ本を持ってきたのかということのほうが気になった。
「どうして?」
「急にごめん。でも、相馬さんには、この物語が必要だと思って」
そう言われると、気になってくる。
私は恐る恐る、その本を受け取った。
「どんな話なの?」
浅木くんは本をひっくり返した。
あらすじを読め、ということらしい。
『普通の恋ができない人たちへ』
それが、この物語のあらすじの一文目だった。
これは確かに、人がいるところで言うには難しいだろう。
でも、これをおすすめしてくるということは、つまり。
「ごめん、聞く気はなかった」
浅木くんを見上げると、浅木くんは申し訳なさそうに言った。
浅木くんが悪いわけない。
だから首を横に振りはするけど、なにを言えばいいのか、わからなかった。
「……余計なお世話だってわかってる。でも、物語は案外僕たちのことを救ってくれるから。この物語も、相馬さんにとっても救済になればいいなと思って」
「……私にとっても?」
「僕は、救われたから」
その言葉について詳しく聞きたくなったけど、人がいる中で聞く勇気はなかった。
浅木くんがこれを読んで救われたということは、浅木くんも“普通の恋”ができないということだろうから。
「じゃあ、それ、僕のだから。いつ返してくれてもいいんで」
私が戸惑っている間に、浅木くんは私に背を向けていた。
一人になってやることもなく、私は本を開いた。
「柚衣!」
四時間目、化学室から戻ると、凛花は私の席で待っていた。
ぎこちない笑顔を浮かべて、手を振っている。
「凛花、どうしたの?」
「朝のこと、謝りたくて。柚衣の気持ち考えずに騒いで、ごめんね」
その表情を見るに、かなり気にしていたらしい。
「ううん、凛花はなにも悪くないよ。私こそ、酷く言ってごめんね」
凛花の安心しきった笑顔に、つられて頬が緩む。
そして凛花は私の机に自分の弁当箱を置いた。
「今日、ここでお昼食べてもいい?」
「あれ、小河くんは?」
付き合い始めてからはずっと小河くんと過ごしていたから、凛花からそんな提案がされるなんて思ってもいなかった。
「今日は柚衣と食べたいの」
凛花は楽しそうに、隣から椅子を借りてきた。
小河くんには悪いけど、私も久しぶりに凛花とお昼を食べれるのは、嬉しい。
そして私たちは昨日SNSで見たものから、最近話せていなかったことまで、くだらないことを報告し合いながら、弁当を食べ進めていく。
そこで凛花が今朝の話題や恋バナに触れることはなかった。
「柚衣、今から図書室?」
凛花は弁当箱の蓋を閉めながら言った。
もう少し凛花と話したかったけど、凛花は多分、小河くんのところに行きたいんだと思う。
「うん、そのつもり」
本当は教室で大人しくしておくつもりだけど、そう言うことで凛花が安心すると思って、私は小さなウソをついた。
昨日からウソばかりで、自分を嫌いになりそうだ。
「そっか。じゃあ」
「相馬柚衣、さん」
凛花の声を遮るように、誰かが私の名前を呼んだ。
浅木くんだ。
この緊張感漂う空気、嫌な予感がする。
凛花は私と浅木くんの顔を交互に見た。
その表情は、笑みを隠しきれていない。
「じゃあね、柚衣」
私の耳元で言うと、そのまま教室を出ていった。
さて、浅木くんがなにか切り出す前に、逃げるべきか……
いや、さすがに教室で告白なんて、しないだろう。
それでも嫌な予感が拭いきれなくて、ゆっくりと唾を飲む。
「……これ、読んでみない?」
すると浅木くんは、一冊の単行本を差し出してきた。
それは見たことのない本。
どんな話なのかはわからないけど、どうして唐突におすすめ本を持ってきたのかということのほうが気になった。
「どうして?」
「急にごめん。でも、相馬さんには、この物語が必要だと思って」
そう言われると、気になってくる。
私は恐る恐る、その本を受け取った。
「どんな話なの?」
浅木くんは本をひっくり返した。
あらすじを読め、ということらしい。
『普通の恋ができない人たちへ』
それが、この物語のあらすじの一文目だった。
これは確かに、人がいるところで言うには難しいだろう。
でも、これをおすすめしてくるということは、つまり。
「ごめん、聞く気はなかった」
浅木くんを見上げると、浅木くんは申し訳なさそうに言った。
浅木くんが悪いわけない。
だから首を横に振りはするけど、なにを言えばいいのか、わからなかった。
「……余計なお世話だってわかってる。でも、物語は案外僕たちのことを救ってくれるから。この物語も、相馬さんにとっても救済になればいいなと思って」
「……私にとっても?」
「僕は、救われたから」
その言葉について詳しく聞きたくなったけど、人がいる中で聞く勇気はなかった。
浅木くんがこれを読んで救われたということは、浅木くんも“普通の恋”ができないということだろうから。
「じゃあ、それ、僕のだから。いつ返してくれてもいいんで」
私が戸惑っている間に、浅木くんは私に背を向けていた。
一人になってやることもなく、私は本を開いた。