◆
「おはよう、相馬」
欠伸をしながら校門前の坂道を登っていると、背後から声をかけられた。
もう、多賀くんに話しかけられることはないと思っていたから、欠伸が引っ込んだ。
「……おはよう」
眼が若干赤いことに触れたくなくて、私は見て見ぬふりをする。
私に合わせられる歩幅。
なんとも息がしづらい空気感。
ものすごく、逃げたい。
「あの、さ……昨日のこと、なんだけど」
多賀くんは静かに、とんでもないことを切り出した。
「え……」
今、ここで話すの?
周りに人がいるし、なにより、私は昨日で終わったと思っていたのに。
「俺が頑張っても、意味ない? そう簡単に諦められそうになくて」
「……ごめん」
何度も断って、平気でいられるわけがなかった。
思い上がるなと言われればその通りなんだけど、私が断る度に多賀くんを傷つけているような気がして、苦しくて仕方ない。
「……わかった。じゃあ、友達として。これからもよろしく」
多賀くんは笑顔を作って、先に行ってしまった。
ごめんね、多賀くん。
これからも仲良くすることなんて、無理だよ。
そういう対象になったと知って、今までと同じように接することは、私にはできない。
そんな、器用な人間じゃないから。
重たい足取りで進んでいると、私の憂鬱な気持ちを吹き飛ばすように、右肩を叩かれた。
「相変わらずモテるね、柚衣」
「凛花……聞いてたの?」
凛花はニヤニヤと笑っている。
その後ろで、小河くんが申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
今はこの二人には会いたくなかったけど、そんなこと、言えるはずもなく。
「聞いたんじゃなくて、聞こえたの。それにしても、多賀くんも柚衣に惚れてたとはね」
「相馬さんは裏表がなくて、親しみやすいからね。相馬さんの笑顔が好きだって奴、結構いるよ」
…………やめて。
「さすが、私の柚衣。でも、柚衣って全然彼氏作らないよね」
……やめて。
「噂で聞いたけど……相馬さん、好きな人がいるって」
「え、そうなの!? ちょっと柚衣、親友に隠しごとは」
「やめて!」
凛花の言葉を遮る声は、大きすぎた。
凛花も小河くんも、校舎に入ろうとしている人みんな、驚いて私を見ている。
「……ごめん」
泣きたい気持ちを堪えて、そう零すと、私は昇降口に駆け込んだ。
当然、教室に行く気力なんてなく、居場所を求めるように、図書室に向かった。
ドアを開けようと手をかけたけど、鍵がかかっているようで、ドアは開かない。
なんだか、世界中に拒絶された気分だ。
薄暗い廊下に座り込み、体を丸める。
独りになって、少しずつ冷静になっていった。
どうして、あんな言い方をしてしまったんだろう。
凛花はなにも悪くないのに。
凛花はただ、私の恋に興味を持って、話を広げようとしただけ。
それに私が過剰に反応してしまった。
だって、耐えられなかったから。
多賀くんの告白を断ったばかりで、楽しい空気感でいることが。
私が誰かと恋人関係になることを望まれていることが。
「私……なんで普通に恋ができないんだろう……」
そう呟いたと同時に、足音が聞こえた。
顔を上げると、浅木くんが変なものでも見つけたかのような目をして立っている。
私は慌てて立ち上がった。
「お、おはよう」
挨拶をするような仲ではないのに、不審な行動をしていたことを誤魔化したくて、ぎこちなく言う。
「……おはよう」
浅木くんはどこか棒読みのようだった。
無愛想だとは思うけど、そんなことはどうでもよくて。
さっきの独り言、聞こえてたのかな。
「本の返却?」
尋ねようか考えていると、浅木くんは何事もなかったかのように言い、鍵を開ける。
よく図書室で見かけるなとは思っていたけど、浅木くんが図書委員だったなんて、知らなかった。
「えっと……」
私が答えに戸惑っていることなどお構いなしに、浅木くんはドアを開けた。
「じゃあ貸し出し?」
本当は借りたいものなんてないのに、私は頷いた。
朝の図書室利用は、貸し出しと返却しかできない。
図書室に入るには、ウソをつくしかなかった。
浅木くんがそれ以上私に話しかけてくることはなく、カウンターに入り、パソコンを操作している。
一方、ウソをついた私は、本棚に向かう。
本を眺めていると、キーボードを叩く音がした。
独りだと錯覚してしまいそうだけど、ちゃんと浅木くんはこの空間にいるのだと感じた。
一人だけど、独りじゃない。
この距離感が、私には心地よかった。
そして目的もなく本棚を見て回っていると、予鈴が鳴った。
叶うなら、もう少しだけここにいたかったけど、浅木くんの視線が、それを許してくれなかった。
「おはよう、相馬」
欠伸をしながら校門前の坂道を登っていると、背後から声をかけられた。
もう、多賀くんに話しかけられることはないと思っていたから、欠伸が引っ込んだ。
「……おはよう」
眼が若干赤いことに触れたくなくて、私は見て見ぬふりをする。
私に合わせられる歩幅。
なんとも息がしづらい空気感。
ものすごく、逃げたい。
「あの、さ……昨日のこと、なんだけど」
多賀くんは静かに、とんでもないことを切り出した。
「え……」
今、ここで話すの?
周りに人がいるし、なにより、私は昨日で終わったと思っていたのに。
「俺が頑張っても、意味ない? そう簡単に諦められそうになくて」
「……ごめん」
何度も断って、平気でいられるわけがなかった。
思い上がるなと言われればその通りなんだけど、私が断る度に多賀くんを傷つけているような気がして、苦しくて仕方ない。
「……わかった。じゃあ、友達として。これからもよろしく」
多賀くんは笑顔を作って、先に行ってしまった。
ごめんね、多賀くん。
これからも仲良くすることなんて、無理だよ。
そういう対象になったと知って、今までと同じように接することは、私にはできない。
そんな、器用な人間じゃないから。
重たい足取りで進んでいると、私の憂鬱な気持ちを吹き飛ばすように、右肩を叩かれた。
「相変わらずモテるね、柚衣」
「凛花……聞いてたの?」
凛花はニヤニヤと笑っている。
その後ろで、小河くんが申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
今はこの二人には会いたくなかったけど、そんなこと、言えるはずもなく。
「聞いたんじゃなくて、聞こえたの。それにしても、多賀くんも柚衣に惚れてたとはね」
「相馬さんは裏表がなくて、親しみやすいからね。相馬さんの笑顔が好きだって奴、結構いるよ」
…………やめて。
「さすが、私の柚衣。でも、柚衣って全然彼氏作らないよね」
……やめて。
「噂で聞いたけど……相馬さん、好きな人がいるって」
「え、そうなの!? ちょっと柚衣、親友に隠しごとは」
「やめて!」
凛花の言葉を遮る声は、大きすぎた。
凛花も小河くんも、校舎に入ろうとしている人みんな、驚いて私を見ている。
「……ごめん」
泣きたい気持ちを堪えて、そう零すと、私は昇降口に駆け込んだ。
当然、教室に行く気力なんてなく、居場所を求めるように、図書室に向かった。
ドアを開けようと手をかけたけど、鍵がかかっているようで、ドアは開かない。
なんだか、世界中に拒絶された気分だ。
薄暗い廊下に座り込み、体を丸める。
独りになって、少しずつ冷静になっていった。
どうして、あんな言い方をしてしまったんだろう。
凛花はなにも悪くないのに。
凛花はただ、私の恋に興味を持って、話を広げようとしただけ。
それに私が過剰に反応してしまった。
だって、耐えられなかったから。
多賀くんの告白を断ったばかりで、楽しい空気感でいることが。
私が誰かと恋人関係になることを望まれていることが。
「私……なんで普通に恋ができないんだろう……」
そう呟いたと同時に、足音が聞こえた。
顔を上げると、浅木くんが変なものでも見つけたかのような目をして立っている。
私は慌てて立ち上がった。
「お、おはよう」
挨拶をするような仲ではないのに、不審な行動をしていたことを誤魔化したくて、ぎこちなく言う。
「……おはよう」
浅木くんはどこか棒読みのようだった。
無愛想だとは思うけど、そんなことはどうでもよくて。
さっきの独り言、聞こえてたのかな。
「本の返却?」
尋ねようか考えていると、浅木くんは何事もなかったかのように言い、鍵を開ける。
よく図書室で見かけるなとは思っていたけど、浅木くんが図書委員だったなんて、知らなかった。
「えっと……」
私が答えに戸惑っていることなどお構いなしに、浅木くんはドアを開けた。
「じゃあ貸し出し?」
本当は借りたいものなんてないのに、私は頷いた。
朝の図書室利用は、貸し出しと返却しかできない。
図書室に入るには、ウソをつくしかなかった。
浅木くんがそれ以上私に話しかけてくることはなく、カウンターに入り、パソコンを操作している。
一方、ウソをついた私は、本棚に向かう。
本を眺めていると、キーボードを叩く音がした。
独りだと錯覚してしまいそうだけど、ちゃんと浅木くんはこの空間にいるのだと感じた。
一人だけど、独りじゃない。
この距離感が、私には心地よかった。
そして目的もなく本棚を見て回っていると、予鈴が鳴った。
叶うなら、もう少しだけここにいたかったけど、浅木くんの視線が、それを許してくれなかった。