「…あの、茜くん、訊きたいのですが」
「はい、何?」
「茜くんは、いつからこの症状があるの?」
茜くんは、急だな、と言いつつも、しっかり考えてくれた。
「小一の時?確か。病院に行ったのがそれくらいで、それより前は症状があってもなくても覚えてない」
小学一年生ということは、私よりも少し後にわかったのか。
けれど、共通しているところは、やはり小さな時に見つかるということ。
きっと、小さいながらに自覚がないのだ。だけど、違和感はあるのだ。
「俺、お姉ちゃんがいるんだけどさ。ちょっと年が離れてるんだけど、運動するのが好きだったから、よく一緒に雨の日でも外で走り回っちゃったんだよね」
少し元気のない顔が、取り繕うようにしてからっと笑う。
あ、茜くんの元気のない笑顔って、こんなにぎこちない顔になっちゃうんだな。
そう気付いてしまった。
「それで、俺は全然自覚なかったんだけど、病院に行くってなった雨の日に、お姉ちゃんが頑なに俺を外へ出させなかった」
茜くんは、ジャスミンティーに手を伸ばしたが、やめた。
この時だけは、曇り空が追い打ちをかけているようで、曇りが嫌になった。
「『茜の笑顔が笑顔じゃないよ』って、言われた」
きっとその時の茜くんは、今みたいに、必死に笑っていたんだろう。
走れて嬉しい。楽しい。雨が辛い。苦しい。
それがわからない。
それをお姉さんは、見抜いた。
「まー、実は雨に当たってるとき、俺フラフラになってたらしいから。そりゃ止めるし、病院行くわ。こんな診断結果だったけど」
今こんなに明るい茜くんは、本当は戦っているんだ。
お姉ちゃんが見つけてくれた、不思議な症状と。
「…でも、今の茜くんは、すごい優しくて、いい人だよ」
私は、気付いたらそう口にしていた。
「私は、茜くんの笑顔がそんな風になってほしくないから。一緒に頑張ろう」
茜くんは、優しく目を細めた。
「…そうだな。俺も頑張る!!」
いつも通りの笑顔になった茜くんは、一段と輝いていた。
「本当、強いよな」
「…ん?何か言った?」
「ううん、なんでもない」

その後は、茜くんと暗くなるまで話をした。
症状のこういう時あるよね、とか、私の症状のこととか、茜くんが陸上の全国大会に出場することとか、最近やけに暑いよねとか、大切なことからくだらないことまでたくさん話した。
茜くんは、私のことを「友達」って言ったけれど、私たちはそんな言葉で表せる関係じゃないと思う。
ずっと話していても、全然疲れない。むしろもっと話したい。
同じ弱点があるから。同じ経験をしたことがあるから。
話すことが楽しい。こんなの初めてだ。
帰り際に、
「あ、俺のこと呼び捨てでいいよ。慣れてないのかもしれないけど」
と言われたので、
「わかった!茜くん、じゃないや、茜!」
と嚙んでしまうと、やっぱりおもしろい、と笑われてしまった。
それでも、嫌な気はしなかった。
明日の放課後も話せたらいいな、なんてことを考えていたのは、夜の暗さでなかったことにしておこう。