千春(ちはる)
 その名前を呼んだ十四度目の春。
 振り向いた君の横顔と、桜の散りゆく瞬間が僕には奇妙なほどに重なってみえた。
 まだ変わり映えもしない学生服を纏う僕の視線の先で、君は見慣れない病衣に身を包みながら僕がよく知っている微笑み方をしている。
 目を瞑って、僕はその影を瞳の裏に閉じ込めた。
 __ 君がいなくなったら、僕は春を迎える度に何を思って桜を観るのだろう
 と、漠然とした問いが脳裏を()ぎる。きっと君がいなくなった春に咲いた桜はただ、僕にとって過ぎ去っていく時間の背景の一部となって散っていくだけ。そう直感で、僕は問いへの答えに辿り着いた。
 
文弥(ふみや)
 
 君がいる、今はまだ君が隣にいてくれる。
 僕はあと何度、君に名前を呼ばれる春を迎えることができるだろう。そんな幼い期待ばかりが僕の隙間を埋めていく。
 僕を呼ぶ声は、いつもと変わらない声だった。春風の忙しさも、揺られ触れ合う木々の音も掻き分けて、僕の耳を伝う声。それでもその声には寂しさと恐怖と諦めが隠されているような気がして、その隠された感情はどこか僕が抱えているものと似ているような気がした。
 この春が、僕達にとっての最後になる予感すら器用に否定できずにいる。
 儚いなんて言葉を着せた瞬間に消えてしまいそうな君。
 陶器のように白い肌と少しだけ色づいた頬、冷たさを感じさせる睫毛(まつげ)と視線、言葉を紡ぐ度に動く唇。僕は、その全てに見惚れてしまっている。
 桜が散っていく、急かされる。
 触れられなくなる前に、君が僕の前からいなくなる前に、僕は君へ伝えなければいけないことがある。
 だからこれは、そんな僕からの序章として。
 
『二人の十八歳が終わる春、一緒に桜を観に行こう』