呉羽が物語を語り終えると、春は大きく息を吐いた。春はこの話をすると、呼吸がおろそかになるほど聞き入ってしまうので、心配だった。
「やっぱり大好き。お姫様のお話が——ううん、呉羽ちゃんが話してくれるお話が」
 春は優しく微笑む。彼女の老いが止まったら、きっとこの顔も見れなくなってしまう。そう思うと、胃のあたりがずんと重くなる。
「ありがとう、春ちゃん」
 呉羽はお礼を言った。呉羽も春にお話をするこの時間が好きだった。
「そろそろ戻った方がいいんじゃない? ととたちが心配するよ」
「んー、心配はしないだろうけど……」
 春の言葉に、呉羽ははっとした。そうだ、『永遠の民』に感情はないのだから、当然我が子に対する〝心配〟という感情もないはずだ。そもそも、春を我が子だとしっかりと認識しているのかすら怪しい。
 ばれないかとひやひやしたが、春は細かいことは気にしない(たち)なようで、「分かった、またお話聞かせてね」と笑顔で返した。
「うん。じゃあねーっ!」
「じゃあねー!」
 呉羽は春に大きく手を振る。春の姿が見えなくなっても、しばらく振り続けた。
「……いつまで振ってるつもりだ」
「わあっ!」呉羽は驚いた。言うまでもない、博士の声だった。
「あ、あはは……。春ちゃんが来てたの」
「知っている。聞こえていたからな」
 ぶっきらぼうに言う。怒っているわけではない、そもそも〝怒り〟がないのだから当然だ。
「『永夜の民』とは関わるなとあれほど行っているのに」
 博士の𠮟責に、一方的に叱りつけられているようで、呉羽はむっとした。
「博士だって『永夜の民』じゃない。わたしと春ちゃんのことを言えた義理ないよ」
「そういうことじゃあない。私は他の『永夜の民』となるべく関わらないようにして生きているからいいが、彼女は『永夜の民』の中で生きている。もし何かのきっかけで、お前が『有夜の民』だとばれたらどうするつもりだ」
「……」呉羽はむっつりと押し黙る。抑揚がない分、彼に責められると怖い。
「お前のことを、他の『永夜の民』にばらすかもわからない」
 その言葉に、呉羽の中で、何かがぷつんと切れたような気がした。
「そんなことない! 春ちゃんはそんなことしない、絶対に……!」
 呉羽は力一杯叫ぶ。自身を慕ってくれる彼女が、そんなことをするわけがないと、呉羽は信じている——いや、信じたかった。
「……早く中に入りなさい。夕餉(ゆうげ)が冷める」
 それだけ言って、博士は奥へと消えって行った。
 呉羽はしばらくその場から離れられず、立ち尽くしていた。