「ねえー、真知」
「なんだよ」
「真知はさ、かっこいいし、嘘つかないし、わがままだけど落とし所はわかってるし、たいせつなことは見誤らないし、手も、こんなにおおきくなって、おとなに、なって」


背丈が離れるたびに、どこか切なさを湛えたことを覚えている。どこに出しても恥ずかしくないと太鼓判を捺せるくらい、いい人間だと、わたしが保証する。ふたりの間にうまれたぬくもりを一滴も取りこぼさないほど大きくなった手のひらは、いつかもっと大切な何かを守るだろう。


わたしの生きた日々なんて、時間なんて、取るに足らないものを、抱えて生きなくていい。これまでのふたりの思い出のように、アルバムに仕舞って、いつか懐かしむときがきて、泣かずに眺められるようになっていたらいいなと、望むのはその程度だ。


「うまれるまえ、わたしたぶん、こわかったんだろうね。しぬときは、ひとりだから。前のいのちが終わるときのことを、少しだけおぼえていて、だから、手をつないでうまれてくれるひとを、さがしていて」
「……そんなん、いうなよ」
「いっしょに、うまれてくれて、ありがとう」


こわくないと言ったら嘘になるけれど、凪いだ海のように、心は穏やかだった。痛みがもう、ほとんどないことも関係しているのだろうけれど、薬よりも真知の声やぬくもりの方が、不安を和らげてくれた。

人生で最大の幸運は真知とうまれてきたことなのだと、間違いも揺れ動くこともないと、そう心から思える。


「もう、こわくはないから、つぎはもうひとりでも陽のひかりの下に、あるいていける」
「そう、だな。もう、おまえと双子なんてごめんだ」
「こいびととか、どうー?」
「まあ、考えてやらんこともない」
「きっ、しょ」
「おい」


乾いた笑いのあとに、はーっと息をもらした。

目の前は霞むし、いつの間にか周りには家族の姿があった。

わたしの隣を陣取って、1ミリも譲ろうとしない真知に向かって、くちびるを震わせる。


きっともう、あと何文字も残っていない。

音を奪われて、光を取り払われて、息も止まるだろう。

気がかりだった。わたしのいない世界で、真知は生きていけるだろうかと。生きていくのだろうな。かなしみながら、もがいて、泣きながら、きっと。

そんな真知のかたわらに、何か、ひとつでいい。


「また、ね、まち」


嫌いだとか、大嫌いだとか、最低だとか、散々言ってきた。次があったとして、一度は出会っていたことすら思い出すことのないまま、生きていくんだろう。またね、なんて叶いもしない希望を残してしまう。いきていく真知と、しんでいくわたしじゃ、そもそも想いも言葉も受け止め方がちがう。

でも、きっと、これは真知のためじゃなくて。

わたしのための、再会の、


「また、な。真悠」


わらって、それから、泣いて。頬にやさしく触れる感触が、さいごに、わかって。

あの日の頬の痛みすら、遠のいた。